『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』
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11 バレンタイン、悔恨す
トロメア内にある、ミーノスの公邸では。
総革張りの長椅子に寝転んだアイアコスは、何時にない不機嫌さで、
「バレンタインの憔悴っ振り、ありゃ見るに堪えねーな!」
と毒突くと、怒気を発散させるように、クッションに思い切り拳を当てた。
「バリバリ働くのは大いに結構なこった。だがあれじゃ今にぶっ倒れるぜ?カッコつけんのはいいが、独りの世界に閉じ籠んなっつーの!!!」
ラダマンティスが不在の中、副官であるバレンタインを補佐し、助ける者とて大勢いるであろう。
だが、それら全てを拒むように、只ひとりで抱え込もうとするバレンタインが、アイアコスにとっては気に入らないのだ。
「悲劇の主人公気取りやがって……!!」
まあまあ…と、酒ではなく、ティーセットの乗ったトレイを運んできたミーノスは、縁に金の装飾が施された洒落た硝子のリビングテーブルの上に、静かに置いた。激昂している友をなだめようと、カップに紅茶を注ぎ、砂糖とミルクをたっぷり入れてから、アイアコスに渡した。
「さんきゅ…」
上体を起こし、アイアコスはカップをソーサーごと受け取った。
ミーノスは、自分の紅茶はストレートのまま、優雅な仕草でカップに口をつけてから、苦笑した。
「仕方ありません。部下は上司に似るものですから。…アイアコス、貴方には解らないでしょうけどねぇ」
アイアコスはけっ、とミーノスを睨み、
「それにしたって何なんだよ、あの辛気臭い顔は!!湿っぽ過ぎるぜ!ラダのやつだって、あんな調子のバレを見たらどう思うかな!とにかく、鬱陶しくてかなわん!!!」
今にも床に唾を吐き捨てそうな勢いで、そう息巻いたアイアコスだった。
アイアコスはバレンタインの悲壮振りに憤懣やるかたないようですが。
ルネはいたく、気に懸っているようですな。
バレンタインの気落ち振りが……。
病に伏すラダマンティスを頭から切り離すように、殺人的に仕事をこなしていても、そう簡単に忘れられるものではありませんよ。
バレンタインの上司へ対する想いは、特別に深いものなのでしょうからねぇ。
この手に残るあのお方の、感触を完全に失ってしまうのは、怖くてたまらぬ。
だが……
全ての雑念を、振り払うが為に。
仕事に煩忙極める私を心配したのか。
ルネから誘いを受け。
珍しく、仕事を早々と切り上げた私は、高級士官用のクラブへと向かった。
誰かに、聞いて欲しかったのかも知れぬ。
…この程度の苦しみなど。
自分に課せられた当然の罰だとは、頭では解っているつもりでも……。
気付いていたのに、私は。
何故、もっと早くに……。
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聖域との戦いが終結し。
再生を遂げた私は以前と同じあのお方──天猛星ワイバーンのラダマンティス様──の副官として、お傍近くにお仕えしていた。
私たちの目前には新たなる"敵"が迫っていた。
マルス軍の襲来、という……。
聖戦時は只、108の魔星の復活と共に、冥闘士として与えられた、生きる道。
闘う術や技の修練など、積む暇も無いままに…。
だが。
今度は違う。
その日は。
側近、雑兵、新兵らの前で、カイーナの長であるラダマンティス様御自ら、直属の部下の一人である天捷星バジリスクのシルフィードと組手を実践する事になっていた。
「お顔の色が優れませぬ。シルフィードとは私が……」
ここのところ、ラダマンティス様は体調がお悪いように見受けられた…。
単に、お疲れなだけならば良いのだが……。
私は、そう声をお掛けしたのだが。
「何を言う。カイーナを統率する俺がデモンストレーションを行ってこそ、我が軍の士気が上がるというものだ!シルフィード、行くぞ」
「はっっ!」
シルフィードと共に、ワイバーンの翼をはためかせ、宙に舞い上がってしまった。
観衆が見守る中。
攻撃。
防御。
攻撃!
身をかわす。
息をもつかせぬ速さで、組手試合が繰り広げられてゆく。
「そろそろ、必殺技を掛け合おうぞ。シルフィード!」
「はっ!!ラダマンティス様……!」
皆が、ごくりと唾を飲み込んで空中の二人を凝視した。
「グレイテスト…コーションーーーッッ!!!」
「アナイアレーションフラーーップ!!!」
わあぁっっ!!!という歓声が上がった。
私が知る限り…戦闘時の1/2程度の力ではあるろうが、必殺技のぶつかり合い。
だが、はじめて目にする者たちにとっては驚愕し、興奮するには十二分に値した。
その時。
ぐらり。
と、宙に浮くラダマンティス様の身体が、右側に揺らめいたように見えた。
「危ない……ッ!!!!!」
歓声が悲鳴に変わる中、咄嗟に体勢を整え、シルフィードのアナイアレーションフラップを回避する、ラダマンティス様。
そのまますぅっと、音もなく地に舞い降りる二人。
しぃーーんと静まり返る、兵士達…。
「お、お怪我は……ございませぬか?!!ラダマンティス様…!」
「…腕を上げたな、シルフィード」
ラダマンティス様に、肩をぽんと叩かれ。
感極まった表情のシルフィードに、怒号のような拍手が一斉に沸き起こった。
微笑を浮かべつつ、身を翻して。
その場から立ち去ろうとするラダマンティス様の後を、私は追った。
「シルフィードめ、なかなかやりおるな…」
「ラダマンティス様!大事ござりませんでしたか?!!」
「なに、冥衣の右肩を掠っただけだ。だが傷が付いてしまったな、修復せねばならぬ…か……」
そう、仰る途中で。
上体を波打たせ、苦しげに咳をされる。
私はこれまでに、幾度となく見てきていた…。
ラダマンティス様の、このようなお姿を。
「…私は、貴方様がお怪我をされたとは思ってはおりません。それよりも、どこかお悪いのでは……」
と、言いかけて。
「……!!!」
言葉を飲み込んだ。
ラダマンティス様は、横を向かれると、咳と共に血の塊をべっ、と地面に吐き出した。
「ラ…ラダマンティス様!!!!!」
私のお慕いして止まない上司は、口元を手の甲で拭うと、
「案ずるな。口の中を切っただけだ」
とだけ仰ると、私をじろりと一瞥し、すたすたと先に行ってしまった。
その背中は「他言無用!」と、黙して語っているようだった……。
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この頃から。
私は知っていたというのに。
ああ、悔やまれてならぬ……!
高級士官用クラブのカウンターで、バレンタインと酒を共にしていたルネは、まだグラスにウィスキーを注ごうとする友の手首を掴んだ。
「何をする…っっ……ルネ!!」
「…飲み過ぎですよ、バレンタイン」
バレンタインは、ルネの手を振り解いた。
だがそれ以上は、酒を注ごうとはしなかった。
「そんなに自分に責め苦を負わせてはいけません。バレンタイン」
カウンターに突っ伏したバレンタインは、
「いや…俺が悪いのだ。この腹、掻っ捌かなければ、ラダマンティス様に合わす顔がない……」
と呟いた。
「何を言っているのですか…」
そのような事をして、貴方の上司が果して喜ぶでしょうか?とルネは問いかけて。
この生真面目過ぎる厄介な性質は、ラダマンティス様にそっくりですな…。
いやはや、何ともよく似た主従だ。
私は、ミーノス様にここまでの忠誠を誓えるだろうか?
あのお方は、私を気に入り、可愛がってくださり……
また私も、失礼ながら自分自身を鏡で見ているようで、お慕い申し上げてはいるが。
…ここまで考えて。
ルネは、寝入ってしまったバレンタインの横顔を眺めながら、憂慮した。
今のバレンタインは、ラダマンティス様の代わりとばかりに働き過ぎだ…。
ましてや、ここまで上司の病を自分のせいだと責め苛んでいるのだ。
決して、ラダマンティス様の、二の舞にさせてはならない……。
「なるほど…ね。バレンタインがそのようなことを……」
トロメアの執務室のデスクに、ミーノスはふぅ…と頬杖を付いた。
「お前の友は、実に主人に忠実ですね。…お前は私の為に、腹を掻っ捌けますか?」
「い、いきなり何を仰られるのですか……ミーノス様!!」
まるで年端も行かぬ少年のように(いや、女と見紛う容姿のルネであるから、少女のようにと形容すべきかもしれない)頬を紅潮させ、どぎまぎするルネを見やり、ミーノスはふふ…と笑うと、デスク越しに副官の長い髪に己の人差し指を絡ませた。
「よろしい。私がパンドラ様に陳情してみましょう」。
丁度良い。
適任者は、バレンタインを置いて他に誰が居ようか。
ミーノスは先日、パンドラからごく私的な相談を持ちかけられていた。
「沙織…アテナから地上の、ニッポンのカマクラという場所にある別荘へと招かれた。その……だな、ラダマンティスも一緒にと……」
頬を薔薇色に染め、恥ずかしそうに視線を逸らしながら、パンドラは城戸沙織からの招待状をミーノスに渡した。
「ふふ…冥界からひとり、黄金聖闘士をひとり別荘へと同行させましては如何かと、書いてございますよ」
ミーノスは微笑した。
ラダマンティスが倒れてからというもの、ほんとうにこのお方は柔和になられたな……と思う。
ミーノスに対しても素直に感情を表わすようになったし、色々お話しくださるようになった。
(無論公の場では氷の如く冷たい印象を皆に与え、圧倒的な威厳を持つお方に変わりはないが)
失礼かもしれないが、可愛い妹を持った気分になる。
「パンドラ様。随行させます冥闘士でございますが、是非推挙したい人物がおります」。
地上では。
新緑がきらきらと、陽に照らされて目映かった5月が終わり、6月を迎えていた。
5月の末頃から。
空はどんよりと灰色の雲に覆われ、毎日のように雨が降るようになった。
この気象は、ニッポンの「梅雨」という期間特有のものだと、カミュが言っていたな……。
ラダマンティスは窓辺の椅子に座り、暗い雨空を眺めながら、遠い冥界を思った。
自然、沈鬱な貌になっているであろうな…、と思う。
病床に伏してから、早3ヶ月以上経過していた。
ラダマンティスの心を重くしているのは、冥界の空を彷彿とさせる天候のせいだけではなかった。
数日前。
白衣姿のシャカから、胸部レントゲンのフィルムを2枚見せられ、現在の病状について説明を受けた。
最初に提示されたものは、右肺全体か白い靄で覆われているようであり、次のフィルムは今日撮影したものだという。影はだいぶ小さく、薄くなっているように見えるが。
「右肺全体が真っ白になっておるものは、君が大喀血を起こした直後に撮影したという、冥界から送られてきたものだ。本日撮った分を見たまえ。かなり良くなっておる事に間違いないが……」
シャカは一旦、言葉を切ってから
「率直に言おう。君は若いくせに治りが遅い」
と、冷徹に言い切った。
だが…
咳も治まったのだし、熱も滅多に出なくなったではないか。
そう気落ちする事もあるまい。
確実に、快方へと向かっておる。
シャカは、そう付け加えた。
治りが遅い…か。
ラダマンティスはシャカの言葉を思い出し、頭を抱えた。
焦ってはならぬ。
解っている。
解ってはいるが、気持ちがついて行かぬ。
焦慮にとらわれてしまうのは、どうすることも出来なかった。
悶々とした日々を送っていたラダマンティスの病室に、ムウが姿を現した。
「調子は如何ですか?ラダマンティス」
「悪くはない…」
とは答えるものの、塞ぎ込んだ気分は隠せないようで。
「良くもなさそうですが」
ムウにずばりと指摘されてしまった。
凹んでいるラダマンティスに、表情を柔らかくしたムウは、ある提案を持ち掛けてきた。
「アテナから、カマクラという場所にある別荘をあなたに提供してくださるとのお申し出がありましてな…」
「カマクラ…?」
「ええ。海辺の古都だそうです。あなたは、フェローズ諸島の出身と伺っています。久し振りに……海など眺めに行かれてはどうでしょう?」
ラダマンティスはムウを見越し、遥か彼方を見つめるような眼をしてから、瞼を閉じた。
「昔のことなど、もう憶えてはおらぬ」
ムウは静かに首を振った。
「思い出というものは、簡単に消し去れるものではありません。良いではありませんか、無理に忘れようとせずとも……。そろそろ外泊許可をおろして良い頃だと思っていたところです。社会復帰への第一歩と、気分転換がてらに行ってらっしゃい」
別荘には、私が一緒にあなたをテレポーテーションさせて連れて行く。
先にひとり、黄金聖闘士を派遣しておく。
雨に濡れて風邪などひかぬよう、又、体力が回復しておらぬので休み休みリハビリがてら街を散策し、疲れたら黄金聖闘士の力を借りるように。
と、ムウは話した。
あまり気乗りしないラダマンティスであったが。
せいぜい出歩くのは、サナトリウムの庭くらいであったから街を歩くことは訓練にもなるであろうし、こう鬱々と過ごすよりは何処かへ出掛けた方が気が紛れるかも知れぬな……と、カマクラ行きを承諾した。
「そうですか、行く気になりましたか…!それでは、いつにしましょうかねぇ……」
急に浮き浮きし出し、ムウはいそいそとスケジュール帳をめくった。
「…何だか楽しそうだが。アリエス……」
「あなたの気のせいですよ、ラダマンティス」
ムウは、ラダマンティスが非常に喜ぶであろうサプライズの内容を知っていたのだが、冥界と連携して、この時点では未だ彼には内緒にしていたのだった。
龍
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龍峰&お竜
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自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。
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