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『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』

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鼻血眉毛とアイスクリームの君









5月も下旬になると。


 ニッポンは『梅雨』と呼ばれる雨季に入った。





 毎日のように強かれ弱かれ雨が降り、空には暗い雲が立ち込めている。


 そのくせ、えらく蒸し暑い。





 ギリシア育ちの俺には、若干気が滅入らないでもないが、まぁそれ程でもない。


 こんな天候の時だからこそ、日頃さんさんと輝く太陽の光を今更ながらに有り難く思えるし、紫陽花が綺麗に色付かせて咲き誇っているのを、雨に濡れて尚一層美しく見る事だって出来るのだ。







 あいつは、違うのだろうなぁ。


 …ラダマンティスは。


 薄墨色の空を常に、窓越しに眺めている。


 冥界に想いを馳せているのであろうな。





 







 先日。


 日課の散歩の帰りに。


 受付けの前で、ラダマンティスはちょっとした事件(?)を起こした。


 その際、受付嬢(というのだろうか?)に迷惑を掛けたので。


 ラダマンティスから、彼女へ贈る礼の品を買って来て欲しいと頼まれ、俺は街へ出た。


 

 

 
 …そうだ。


 あいつにも土産を買って行ってやろう。

















「ラダマンティス!買って来た……ぞ」


 病室に入ろうとして、不意の見舞い客の姿────流れるような漆黒の髪の女性の後ろ姿を認めた俺は、入り口付近で立ち止まった。


 その見舞い客……パンドラ嬢は振り向いて、腰掛けていた椅子から立ち上がると、軽く会釈をした。


「邪魔しておる。…今日は、スコーピオンのミロ殿」


「御機嫌よう、パンドラ殿。よく来てくださった。貴女が来るとこいつも元気が出ましょう。ゆっくりなさって行かれるがいい」


 くす…と小さく、パンドラ嬢は笑いを漏らした。


 顔を紅くして、ラダマンティスはじろり、と上目遣いに俺を睨んでいる(笑)。


「有り難い申し出だが、そうゆるりともしておられぬのだ。こやつが居らぬ冥界は大忙しなのでな」


「それは残念……なぁ、ラダマンティス」


「さっきから五月蝿いぞ、ミロ!!」


 ラダマンティスは怒鳴った。照れ隠しなんだろう。


 わかったわかった、とひらひらと右手を振って制し、俺はサイドテーブルの上に奴への土産を無造作に置いた。


「お前にも食べられそうなシャーベット類も選んだ。パンドラ殿も召し上がってくだされ」


「…アイスクリーム、か?」


 サーティワンの箱を見て、ラダマンティスが顔を上げた。


「土産だ。沢山食って早く元気になって、パンドラ殿をお助けすることだな…。じゃ俺は、受付けへ行ってくるが。本当に俺が渡していいんだな?」


「あ…ああ。頼む」


 パンドラ嬢の手前、ラダマンティスは口籠もりながら頷いた。


 病室から出て行こうとする俺に、


「ミロ」


「ん?」


「土産、ありがとう」


 素直な、爽やかとさえ言える表情で、ラダマンティスは微笑みながら目礼した。







 









 もうひとつのサーティワンの箱と、それよりひとまわり小さな箱、それから薄い包みを持って。


 俺は、1階の受付けを訪れた。





 

 ああ、いた。


 霧雨の降る午後だ。


 いつもにも増して、気怠そうな、眠たそうな貌をしている。








 ガラスの窓を叩くと。


 彼女は俺の顔を見ると、何故か椅子の上を跳ね上がるようにして驚いていた。


「は、はーい。……あ、あの…、お散歩じゃぁないですよねぇ?今日も雨が降ってますし…」


 早口に捲くし立てられて。


 いやいや、違います、と俺はゆっくりと首を横に数回振った。


「ええ、散歩ではありませんよ。今日は、貴女に渡すものがあって来ました……先日は大変、世話になりましたからね」



 







 4日前。



「あ」。


 そう、低く呟いて。 


 その日当番だった俺と連れ立って散歩から戻ったラダマンティスは突如として、丁度、この受付の真ん前で鼻血を出した。


 鼻を覆ったラダマンティスの右手の指の隙間からは、たらたらと止め処無く深紅の血が流れ落ちている。






 いかん、タオルは……


 

 しまった!


 

 何処か外へ、置いて来てしまったようだ。






 その間にも、ラダマンティスの鼻血は止まる気配は全くなく、パジャマまで赤く色付かせ始めてしまっている。


「ええい、クソ!」


 自身の迂闊さに、思わず舌打ちした時だった。


「あの、これ……!使ってください!!!」


 事の過程を見ていたらしい受付嬢が廊下に飛び出して来て、せいぜい4、5枚しか中身の入っていないボックスティッシュと、ポケットティッシュを俺に差し出した。


 (ラダマンティスにではなく、俺に渡したのは彼女があまり背が高くなく、鼻血を出しているラダマンティスを介抱するのは難しいと思ったのだろう……多分)


「恩に着る!」


 短く礼を言ってティッシュを受け取ると、俺はラダマンティスをとりあえず車椅子に座らせ、奴の鼻をまずはボックス内に残っているティッシュで、それが鮮血で染まるとポケットティッシュで更に押さえた。


 その間、受付嬢は血まみれになったラダマンティスの右手を、白地にカラフルな花柄がプリントされたタオルハンカチで拭っていた。


「ティッシュ、切らせてしまってまして。ごめんなさい」


 ラダマンティスの様子をはらはらと見守りながら、何も悪い事などしていないのに、彼女は謝った。


「いや。こちらこそ、ハンカチまで汚してしまって……」


 と相槌を打ちながら、なかなか出血の治まらぬラダマンティスを俺はひょい、とお姫様抱っこをした。


「わっっ!!!」


「な…っっ!!!」


 受付嬢とラダマンティスが声を上げたのは、ほぼ同時だった。


「降ろせ、ミロ!」


 じたばたと、精一杯抵抗するラダマンティスを、俺は無視した。


「じっとしていろ、抱えて行く方が早い!すまんな、お嬢さん。とにかく、患者を病室へ連れて帰ります故、後程車椅子を引き取りにと、お礼に伺います……失礼!」


 

 





 このような顛末があったのだ。


 翌日は大事を取ってラダマンティスの散歩は中止したというし、翌々日からはずっと雨が降っており、この事件の後、ラダマンティスは未だ受付嬢と顔を合わせてはいない。


「…恥ずかしくて極まり無い。婦女子の前で鼻血を出すとは……」


 ベッドに横になったまま、ラダマンティスは天を仰いだ。


 俺は吹き出しそうになるのを必死にこらえた。ここで笑ってしまうのは、一寸可哀相だ。


「ミロ。頼みがある」



 




 こうして。


 自分で行くのは決まりが悪いとの理由で、ラダマンティスは俺に礼の品を届けに行くよう懇請したのだった。










「あいつはああ見えて、すごく恥ずかしがり屋でしてね。代わりに俺が来たというわけです。許してやってください」


「ゆ、許すも何も!!…その……、ラダマンティスさん、大丈夫ですか?」


 病状が悪化したのか、とでも思ったのだろうか。


「ええ。比較的元気にしていますよ」


「よかった……」


 心配顔で訊ねた受付嬢は、安堵の笑みを浮かべた。


 その笑顔は、どことなく南国の太陽を彷彿とさせて。


 俺は親近感と好印象を抱き、自然、滑らかな口調になった。


「これとこれ、はあいつ…ラダマンティスからの礼です。と言いましてもあついは外出が出来ませんから、俺が選んだんですが。気に入るかどうか」


「そんな。お礼なんていいのに……」


 彼女は謙遜しながらも、嬉しそうにしてくれている。俺は開けてみるよう促した。



「わぁ!可愛いタオルハンカチとマカロン!!食べるのが勿体無いわ……」


 満更大袈裟でもないような素振りで瞳を輝かせ、ピンク地に蝶の刺繍が施されているタオルハンカチと、色取り取りのパステルカラーのマカロンに見入る、受付嬢。どうやらお気に召したようだ。



 間髪入れず、俺はサーティワンの箱を差し出す。


「これは俺からです。あの時はほんとうにありがとう。助かったよ」


「あなたからまで……どうもありがとうございます…」


 語尾の方は、小声になって、俯いて。


 はにかみながら、彼女は呟くように礼を述べたのだった。












 



 あの人が放っていた、柑橘系の清清しい匂いが、未だ其処ら中に残り香となって漂っていて。


 私はくらくらと、軽い眩暈を覚えずにはいられなかった。









 誕生日、クリスマス、ホワイトデー。


 盆、暮、正月。




 が。




 一遍に訪れたようで。





 

 鼻血パツ金眉毛───この呼び方は、余りに失礼かしらね;…ラダマンティスさんに付き添って、週に1度、この受付の前を通るか通らないか……の確率でしか見られなかった、ロイヤルブルーの癖のつよい、おさまりの悪い長い髪を持った、長身男子。



 彼は


「散歩に行ってくる」


 と片手を上げ、私はせいぜい


「行ってらっしゃいませ」


 などと応じる程度しか、言葉を交わす機会なんてなかったのに。



 あの人の姿を見るたび、ああ、なんて素敵なの…と心躍らせ、散歩から戻れば次はいつ会える(=いつ、パツ金眉毛の付き添いなの?)のかしら……と、切なくなって。







 そんな、近いのだけれど…、ただ遠目で眺めていただけだった、あの人と。


「何だか食べ物ばかりだな…」


「いいです、私、食べるの大好きですから!」


 とか他愛ないお喋りをすることが叶うなんて……!!!












 ラダマンティスさんの病室に戻り際。


「ええと…、名前、聞いてなかったな……」


「桃子です。ケドーインモモコ…祁答院桃子といいます。あなたは…?」


「ミロだ。スコーピオンのミロという。今後も貴女の手を煩わせてしまう事があるかもしれんが、その時はよろしく頼みます。モモコさん」


 白い歯を見せて、からりと笑ったミロさん…。




 

 

 

 

 しかも贈り物まで頂いちゃって!


 

 は…っっ!と夢見心地から我に返った私は、彼が持って来てくれたサーティワンアイスクリームの箱を冷凍庫に仕舞うべく、慌てて立ち上がった。


 ……ぽーっと火照った私の熱で、溶けかかっているに違いない。









 鼻血パツ金眉毛こと、ラダマンティスさん。


 あなたのお蔭で、ミロさんと沢山お話し出来たし、名前まで尋ねられちゃったわ。。


 鼻血を出してくれて、アリガトウ~~♪о(ж>▽<)y ☆


 










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プロフィール
HN:
龍峰&お竜
性別:
非公開
自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。

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