『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』
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8 ラダマンティス、落ち着く
緊張から解放されたラダマンティスが食後の薬を飲んで浅い眠りについた頃、黄金聖闘士の面々は一同詰所に集まってきていた。
「パンドラ嬢は無事帰って行ったのか?」
「あぁ、ラダマンティスが無理して見送ってな」
「あいつも意中の人の前では子猫同然さ」
アルデバランの問いに今日の当番、ミロとカミュが答える。
男ばかり雁首揃えたテーブルの上には、豪華5段重ねの螺鈿の重箱。
「これで全員揃いましたかね」
ムウが言い終わらないうちにいきなりドアが開かれた。
バアン!
「おっ!?なんだこれ、差し入れか?」
今日は午前から外の任務(暗殺とも言う)に出ていたデスマスクが大きな音を立てて部屋に入って来るなりテーブルの重箱に手を伸ばした。
と、フッと消えた重箱に空振りするデスマスクの腕。
「手を洗ってからにしてください」
見れば重箱はムウの頭上にフワフワ浮かんでいる。
「細けー事言うなよ」
ブスくれ顔のデスマスクが洗面所に消え、ムウは改めて重箱をテーブルの中央に戻した。
「どういう風の吹きまわしなのだ?パンドラ嬢が我々にまで差し入れとは」
アフロディーテが美しく頬杖をついて重箱の蓋を突っつき疑問を呈し、腕組みをしたシュラも黙って頷く。
「いつもラダマンティスの世話をしてくれて感謝する、とパンドラ嬢が言っていた」
「細やかな心遣いの出来る女性だったのだな!」
カミュの説明に感心した様子のアイオリア。
「毒でも入ってんじゃねーのか」
そのアイオリアの横から手を洗って戻ってきたデスマスクがひょいと顔を出す。
「「無礼だぞ、デスマスク」」
アルデバランとシュラの声が見事にハモり、デスマスクはしかめ面で首を竦めた。
「毒は入ってはおらん。調べはついている」
「盗み食いは感心しませんね、シャカ…」
澄まし顔のシャカを呆れたように眺めるムウ。
相変わらず、安定感のある黄金達のやり取りである。
「御託は良いから早く食おうぜ?こちとら朝から一仕事こなして腹が減ってんだ」
デスマスクはテキパキと取り皿を並べて箸を皆に配っていく。キャラに似合わず、甲斐甲斐しい。
「デスマスク、ワインも頼む」
「自分でやれや」
アフロディーテの我儘を顎でいなし、デスマスクはサッサと席についた。
「では」
ムウが厳かな様子で蓋を取り去りお重を並べていく。
「おお~!」
アイオリア、アルデバラン、ミロの3人は目を子供のように輝かせて歓声をあげた。
「フン、見た目はまともだな」
「デスマスク」
カミュが静かにデスマスクの前髪を凍り付かせ、流石にデスマスクも口を閉ざした。
「いただきます!」
アイオリア達食いしん坊の面々は、早速重箱に箸を伸ばす。
「うん、美味い!深窓の令嬢ながら、なかなかの腕ではないか!」
アイオリアは嬉しそうに唐揚げを頬張っている。
「味付けは家庭的ですね」
「ウム、おかずのチョイスも家庭的だ」
ムウが肉団子を一口齧って頷き、アルデバランは白身魚のフライを一口で飲み込んだ。
「このおにぎりもなかなかイケるぞ。カミュ、お前も食ってみろ」
「ミロ、ご飯粒がついてる」
ミロは慌てて口の周りを撫で回し、カミュは黙って野菜の煮物をシャカの皿に取り分けた。
アフロディーテはどこからともなくロゼワインを持って戻ってきて、早速開けて飲んでいる。
「昼から飲む奴があるか」
そう言いながらワイングラスを鳴らして催促する非番のシュラ。
「私は夜勤明けなのだ。何が悪い」
シュラのグラスにピンク色の液体が注がれるのを羨ましそうに眺めるデスマスク。
「けっ。せっかく美味い飯があると言うのに酒が飲めんとはつまらん」
アイオリアと同じく唐揚げを突つきながら残念そうにしているデスマスクに、シャカが可笑しそうな顔で声をかけた。
「デスマスク、美味い飯というのはさっき言っておった毒の事かね?」
「うっせーな。俺は早朝からこき使われてイライラしてんだよ!しかも今夜は夜勤ときてる」
ニヤニヤ見守るアフロディーテとシュラ。
アイオリアが横から口を挟む。
「そうだ、だからしっかり食っておけデスマスク。俺も食う」
「…オマエと、だから嫌なんだよ」
三つ目のおにぎりをパクつくアイオリアにはギリギリ聞こえない声で呟くデスマスクに、ムウは思わず吹き出した。
「ん?どうした、ムウ」
「いえなんでも」
キョトンとしているアイオリアに、アフロディーテとシュラはますますニヤニヤしている。
「お前達、食わないのなら俺が全部食ってしまうが良いのか?」
アルデバランが豪快に口から飯粒を飛ばしながら笑い、シャカは光速で自分の皿を脇に避けた。
「俺も負けんぞ!」
負けじとミロが煮物を口に放り込む。
「あっ、それは私が狙っていたコンニャク!」
「食ったモン勝ちだ!」
「む~」
勝ち誇るミロを睨みつけ、仕方なく手頃な大きさの大根を細い指で摘まんで唇でそっと咥えるアフロディーテ。
そしてやわやわと指先で口内に押し込んだ。
「いやらしい食い方をするな」
突如シュラがこめかみに青筋を立てて右手をスラリと構え、対するアフロディーテはいつの間に出したのか大根を摘まんでいた指に白薔薇を挟んでいる。
「下品な食い方は好かん!」
「下品なのは蟹であって私ではない!」
「俺を引き合いに出すなよ…」
デスマスクは忌々しそうに2人を睨め付けると、話題の煮物に箸を突き刺す。そして続けた。
「それはそうとよォ、あのパンドラ嬢。やっぱアイツのコレな訳?」
デスマスクはアイツ、と言いながら眉間に皺を寄せ、コレ、のところで小指を立てた。
「下品な…」
シュラのピンと伸びた右手がおもむろにデスマスクの方を向く。
ついでに冷たい結晶がキラキラとカミュの方から漂うのを見て、デスマスクは慌てて小指を引っ込めた。
一緒に煮物の刺さった箸まで引っ込めたのが微笑ましい。
「どんな関係かは分かりませんが、2人が互いに想いを寄せ合っているのは間違いなさそうですね」
ムウが静かにお茶を啜る。
「お、おう」
先程の甘い小宇宙を思い出し、なんとなく顔を赤らめるミロ。
「何故お前が照れる」
言いながらアルデバランも若干顔を赤くしていて、シャカは餓鬼共が…と内心ほくそ笑んだ。
「でもよ~、あのラダマンティスには勿体無くねーか?まだ小娘とはいえかなりの上玉…いや美人だしな」
「うむ、確かに美しい。家柄も良いそうだし、料理も出来て家庭的と来ている」
アイオリアが腕組みをしてうんうんと頷く。そんな彼をミロが流し見てニヤリと笑った。
「なんだアイオリア、お前パンドラ嬢に懸想してるのか?」
「はあ?!何を言い出す」
ミロの言葉に慌てふためくアイオリア。
と、珍しくこの手の話題にシャカが口を開いた。
「ミロ、アイオリアには魔鈴という想い人がおってだな」
「そうだ!俺には魔…シャカ!!貴様何を!!」
「違うのかね」
真っ赤になって慌てるアイオリアに、アフロディーテ・シュラ・デスマスクの三人は何を今更つまらんという顔でワイングラスに向き直る。
ムウはアイオリアの唾が飛ぶのを嫌ってか重箱に蓋を被せていた。
「アイオリア、魔鈴とはどうなんだ?付き合っているのか?」
「ミロ、俺の話じゃないだろう?!今はラダマンティスの話をしてるんだろうが!」
「付き合っているのだろう?お前が魔鈴を見る目は尋常ではないからな。結婚するのか」
「け、け…」
カミュの問いに目を白黒させて絶句するアイオリア。
「なるほどそうかめでたいな!式にはもちろん招待してくれよ!アイオリア」
アルデバランがニコニコと笑ってアイオリアの肩をバシバシ叩く。
「何故そう話が進むのだ!俺は認めてはおらんぞ!」
「見苦しいぞアイオリア。観念して魔鈴との関係を白状したまえ」
「~~~ッ」
辛抱たまらんアイオリアが白いテーブルを中央から叩き割ったのと、重箱や取り皿、ワイングラス等が空中に浮かんだのはほぼ同時だったと言う。
のちにアテナから強めの注意を受けたアイオリアの心の傷は、意外に深かったそうだ。
パンドラの弁当事件からさらに2週間程が経った頃だろうか。
ラダマンティスにとっては嬉しい知らせが午前の回診の際、医師(=ムウ)から告げられた。
「そろそろお散歩くらいしませんか?病室暮らしも飽きたでしょう」
銀縁眼鏡のフレームを指でクイと押し上げて、ムウが目を伏せたまま微笑む。
「本当に良いのか?」
「熱も下がってかなり落ち着いてきましたからね。数値的にも排菌は治まって今の所は心配なさそうですし。ただ、外に出られると言っても体力は落ちていますし、まずは病院の庭を散歩するところから始めて貰いますよ」
「いや、充分だ」
ラダマンティスは嬉しそうに目を細めて喜んでいる。
ずいぶん穏やかに笑うようになったな、とムウは思う。
ここへ来てすぐの頃は常に眉間に皺を寄せて他者を受け入れない空気を纏っていた。
「熱が上がらなければ今日から早速始めてみますか?」
「ああ、そうしたい。感謝する」
おや、感謝までされるとは。
冥界の番人も、元は人の子、でしたか。
聖戦時のわだかまりが完全に消えた訳ではないけれど。
我ながら執念深い…
ムウは密かに苦笑してラダマンティスのカルテにさらさらと散歩許可の件を書き込んだ。
「昼食後、今日の当番と一緒に中庭に出ていらっしゃい。薬は飲み忘れない事」
「了解した」
今まで見た顔で一番いい表情を浮かべたラダマンティスに見送られて、病室を出るムウ。
「さて、午後からはアテナの護衛でしたか」
看護婦の姿が途切れた病棟の奥で、ムウの姿は一瞬にして掻き消えたのであった。
「アイオリアではなかったのか…」
「奴は夜勤明けで昼まででな。午後からは私と交代した」
久しぶりに外の空気が吸える、と浮き浮きした気分で昼食をとり薬を飲み、ムウに言われた通り上掛けを羽織って病室で待っていたら、現れたのはシャカだった。
コイツが付き添い人か…
せっかくの気分になんとなく水を差されたような気持ちで思わず黙り込む。
「私では不服と言わんばかりだな。案ずるな、私も愉快ではない」
「何も案じてはおらん、というか何だその言い草は;」
シャカが嫌いだとか嫌だという事ではない。
近く接するにその小宇宙の大きさに驚かされる事もあったし、アテナの信頼の高さもうかがえた。
だが、いかんせん人には相性というものがある。
なんというか、会話が弾む気配が全く感じられない。
「とりあえず車椅子も持って行けとのムウの指示があった。私は車椅子を押すゆえ、君はひとまず自力で歩くがいい」
「…分かった」
とにかく散歩にはちゃんと付き添ってくれるらしい。
ラダマンティスは外履き用の新品のスリッパをペタペタ鳴らして、初めて待合室の方へ向かった。
ロビー、受付カウンター。
産休で欠員の出た医療事務の穴を埋めるべく一週間前に急きょ採用された臨時職員のM子は、採用初日にして事務局長から『当病院で見た事は全て口外無用』と強く釘を刺されていた。
何故ですかと聞いても無言で首を横に振る事務局長に不信感を抱かないでもなかったが、この城戸家直営のサナトリウムというネームバリュー&福利厚生の充実に加え、お時給の良さに特に不満も抱かず、納得して出勤する日々を送っていたのだ。
今日はだいたいの引き継ぎも終えて、初めて受付に座り業務にあたる日。
朝から特に患者の出入りもない待合室に向かって、退屈を極めていた昼下がり。
食後の眠気に襲われかけていた、その時。
「こちらでいいのか」
物凄く色っぽい声が、入院病棟へ続く廊下の方から響いてきてM子はパチリと目を覚ました。
何かしら。初めて聞く入院患者さんの声。
「とりあえずまっすぐ進みたまえ」
しゅるしゅると車椅子を押す音と、独特の高いトーンの声が追いかけるように響く。
何気なく廊下の方に目をやれば、長身の金髪外人が厚手の寝間着に薄い水色のカーディガンを羽織って現れた。
なに?!このパツキン眉毛は!!
少しやつれてはいるけれど、めちゃくちゃガタイいいし足長いし!
しかも目つき悪いのに色気が…!
驚いて凝視しているM子の目に、後からもう一人の金髪が飛び込んでくる。
うわっ!超サラサラロン毛のパツキン美形!!
しかも凄いスタイル良いし!!
モデルか何かかよ!
てか、何で目エ閉じて歩けてるわけ??!!
長い金髪をなびかせて、美形は瞼を閉じたまま待合室の長椅子を器用に避けて車椅子を押して通用口へと向かっている。
「そちらの出口は正面玄関だ。この受付の右手に沿って行けば中庭に出られる出口がある」
口を開いたまま閉じられないM子の目の前を、2人の美形外人が通り過ぎていく。
眉毛外人はチラリとこちらを見たが、ロン毛の方は髪を靡かせ
「散歩だ。小一時間程で戻る」
とこちらを顧みもせず言い放ってそのまま2人とも通用口の方へ行ってしまった。
再び、無人の待合室。
けれど、気のせいか、長い髪を靡かせた時の良い香りがまだここに残っているような。
「~なんなの~~!!」
M子が上気した頬に両手を当て、目を輝かせ黄色い声を上げた時にはもう、2人は中庭に出て行った後だったという。
竜
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龍峰&お竜
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自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。
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