『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』
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『月下独酌』
今日、3月27日は。
私にとって。
特別な日───。
そう、我が師であり、兄とも、ときには親とも慕った、牡羊座の黄金聖闘士・ムウさまの誕生日……。
私はジャミールの、かつてムウさまと共に暮らした(現在は、弟子の羅喜と一緒に住んでいる)塔の、最上階に独り、佇んでいた。
3月の末といえども、ここ標高の高いジャミールの地は、夜ともなれば冷え込みが厳しい。
ひんやりと、冷たく澄み渡る美しい月、星々が燦然と煌めく天を見上げながら、私は簡素な石造りのテーブルに置かれた三口の盃に酒を注ぎ、あの方が訪れてくれるのを、只々待ち続けた。
マルス、そしてアプスとの戦いが集結した、今ばかりは、来てくださる。
そう確信に近い、予感めいたものが、あったから───。
「舉杯邀明月 對影成三人……」
私は李太白の漢詩を口ずさみつつ、月に向かって盃を掲げ、ひとくち酒を呑んだ。
盃を持った、私の右手首をふわりと。
あの方──、ムウさまが、背後から優しく包み込むように、掴んだ。
たとえ、振り向かずとも。
ムウさまの、今生への来訪を、私は解った。
おもむろに、振り返ると。
今し方まで、くっきりと、月明かりに照らされていた私の影はなく…、
何時の間にか、おぼろげな、霞がかったようなムウさまの姿が浮かび上がっていた。
ああ。
あの頃と全く変わらぬ、優美で穏やかな雰囲気を纏った、ムウさまの姿。
「酒を嗜めるようになりましたか。あの腕白で悪戯坊主でした貴方が……」
くすり、と小さく笑いを漏らすムウさまに。
「た、嗜む程度です!!…ムウさまと、同じように…」
ムウさまの顏を直視出来ないで俯いた私の頬は多分、紅に染まっていた、と思う。
それは、、、
ムウさまが、あの頃のように、私のミディアムブラウンの頭髪を、くしゃりと撫ぜたからだった。
「…大きくなりましたね、貴鬼。背丈など、私を追い越したのではないですか?」
……大きくなど。
ムウさま。
私は、私には…、
貴方を追い越すことなど、きっと一生涯、出来ますまい。
ムウさまは、人の心が解るお方だ。
柔らかな表情を崩さないまま、
「マルス戦…、そして、アプスとの戦いでは、よく、若き聖闘士たちをサポートしてくれましたね。貴方を誇りに思いますよ、貴鬼」
と静かに言い、一層目を細めた。
そんな、ムウさま。
私は、何も出来ませんでした。
青銅聖闘士たちの、聖衣の修復だって。
大雑把に直したに過ぎません。
火星士の雑兵相手に戦うだけしか…、
生き残りの黄金聖闘士と力を合わせて、青銅聖闘士らに小宇宙を送る事だけしか出来ませんでした。
ムウさま、私は。
貴方の足元にも及びは致しません……!
そう、小宇宙で語り掛ける私に。
ムウさまは愁いを帯び…哀しげに、そしてすこし口惜しそうにきゅ…、と唇の端を噛むと、私から視線を外した。
「申し訳ない事をしましたね、貴鬼……」
「え…?」
「…何もかも、中途半端なままいってしまいまして。聖衣の修復の技術も、技も……もっと…もっと沢山、貴方に授けたかった。そうする事が叶わなかった私を、許してください……」
「な、何を仰います、ムウさま……!!」
私は盃をテーブルに置くと、ムウさまの肩にがっしりと、両手を置いた。
「顔を…どうか顔を上げてくださいムウさま!私は貴方から、数えきれない程、多くのものを頂きました。それは…それは技術とか聖闘士に必要な技とかばかりじゃなくって、私……、オイラが大人になる為の、大切な糧がムウさま、貴方と過ごした日々の中にはいっぱい、溢れていました。一日一日がきらきらしていました。何物にも代えられない、宝物のような毎日をムウさま、オイラ、貴方から貰ったんですから!!!」
…私は、『あの頃』の、腕白な少年に戻っていた。
ムウさまの肩に置いた手を外し、ムウさまに縋り付いて大粒の涙をぼろぼろと零し、泣きじゃくっていた。
ふ…っと、ムウさまは微笑むと、
「何ですか、身体ばかり大きくなって、中身はまるでちいさな子供のままではありませんか……。貴鬼、私が貴方の役に少しでも立てていたようでしたら、これ程嬉しい事はありません」
と、私の背をゆるやかに撫でてくれた。
「さぁ、涙をお拭きなさい。今日は、私の誕生日を祝ってくれるのではないのですか?」
ムウさまに言われて。
私は顔を涙に濡らしたまま、精一杯の笑みをつくり、ムウさまに盃を差し出した。
「ムウさま。お誕生日、おめでとうございます…」
「ふふ。今では貴方の方が年上ですがね……。永結無情遊 相期遥雲漢」
その長い睫毛に縁取られた瞳を閉じて、『月下独酌』の最後の一節を吟じると、ムウさまは美味しそうに一献傾けた。
「月が、今宵の宴の証人ですね。…貴鬼、次なる敵は、もう直ぐ目前に迫っています。貴鬼!どうか、私の志を…頼みましたよ……」
次第にぼやけてゆくムウさまの姿に、私は懸命に頷いて見せた。
ええ。
ええ、ムウさま。
心得ておりますとも。
貴方の、お志。
アテナをお守りする、という事。
非力ではありますが、私は、貴方の想いは、既に継がせて頂いております。
けれども、ムウさま。
「永結無情遊 相期遥雲漢……」
今夜のように、またお逢いする日があるならば、その時には。
貴方をお慕いし、貴方の周りをうろちょろしていたあの頃の、『オイラ』に戻りたいのです。
…いけませんか?ムウさま。
返事は無く。
先程まで、ムウさまを模っていた私の影が、夜風に煽られ、微かにそより、と揺らいだのみであった。
【終】
龍
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龍峰&お竜
性別:
非公開
自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。
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