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『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』

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 天猛星ワイバーンのラダマンティスの、地上での療養生活もすっかり板に付いて来た(認めたくない気もするが!)。



 
 この日は……

 朝から、いつもより高く発熱していた。

「ふむ…。38℃か……」

 当番であるミロが、検温したり氷枕を取り替えたりと、かなり甲斐甲斐しく介抱してくれている。

 ここ地上でも、今時レトロな物を使っておるのだな!とラダマンティスは意外だったが、氷のひやりとした感覚が熱のある身には有り難かった。


 

 午前10時半を回った頃だろうか。

 微睡んでいたラダマンティスに、ミロが声を掛けた。

「ラダマンティス。冥界から客人だ。だがお前は熱があるしな……。どうする?お帰り頂くか?」


 
 
 冥界から…客?

 誰であろう?

 地上へ来てから、初めて冥界からの見舞客とは……。




「誰だ?名は訊いたのか?」

 するとミロは、にやり、とまるで悪戯小僧のような笑みを浮かべた。

「さあな。しかしうら若い、美しい女性だぞ。漆黒の長い髪が印象的な…」




「……っっ!!!な、何だとおぉォォ!!!!!」


 
 
 掛け布団を跳ね除けて、ラダマンティスはがばりと飛び起きた。








 

 










 ラダマンティスの病室を訪れたパンドラは、ドア付近に立ったまま、動こうとはしなかった。



 
 やはりまだ…

 お怒りなのであろうか?

 
 
 アイアコスの言葉が頭を掠める。

 『今度お会いしたら、素直に謝っちゃえばいーじゃん!』。



  
 そ、そうだな…。

 今が絶好の機会ではないか!!!








 

「パンドラ様……申し訳ござりませんでした!!」

 ラダマンティスはベッドの上で平伏した。

「…何を詫びておるのだ?」

「冥界では勝手に病院を抜け出しましたこと、皆に多大な迷惑を掛けましたこと……心底反省しております!心より、お詫び申し上げます!!!」

「迷惑と申すより、以後は心配掛けぬようにな…」

「は…っ!!」



「…倒れた日以来、お前は私の夢に毎晩現れておった……蒼白い貌で、悲しげな瞳で幾度も『お仕え致すことも出来ませず…、申し訳ございませぬ』と申しておった。お前の魂が肉体を離れ、飛んで来ているのだと思っていた。私は怖くも、迷惑でもなかったぞ。むしろ嬉しかったのだ。お前の強い想いが……」

「パンドラ様……」

「謝らなくてはならぬのは私の方だ。お前の病に、気付きもしなかった」

「謝るなどとは…そんな……!」

「気遣ってやれなんだ…。許せ」

「どうか、どうか謝られないでくださいませ!!私の自己管理が至らなかっただけにございます!」

「そう…か」


 
 パンドラはようやく、ゆっくりとした足取りで、ラダマンティスのベッドに近付いて行った。

「お前の顔を……よく見せてくれ」

 パンドラの白く、しなやかな指が、ラダマンティスの両頬をふわりと包み込んだ。

「ああ…やはり、以前より痩せたな……」

 微かに視線を落とす、パンドラ…。


 
 
 彼女の指先をはたと見たラダマンティスは、瞬間、目を見開いた。

「…パンドラ様!お指を…如何なされました?!!!」

 彼女の両手の指には何か所も、痛々しく絆創膏が貼られていたのだ。

 するとパンドラは恥ずかしそうに手を引っ込めて、ますます俯いた。

「お前に…食事を作ってまいったのだが、どうも慣れぬゆえ、ちょっと…な」

「お怪我をなさいましたのでは?!!お見せください!!!」

 血相を変えて、ラダマンティスは強引にパンドラの両手首を掴んだ。

「大したことはない…!」



 
 
 
 ああ。


 今の私は、ただの人間でございます。

 
 貴女様が負われた傷を、小宇宙で癒して差し上げることも敵いませぬ…。


 

 
 
 
 ラダマンティスは瞳を閉じ、愛おしげにパンドラの手を自身の頬に押し当てた。

「申し訳…ございませんっっ」

「もう、謝るな……ラダマンティス」



 


 
 俺は。


 このお方をなんとしてもお守り申し上げたい……!!


 

 
 
 
 ラダマンティスの気持ちを汲み取ったのであろうか。

「ラダマンティス。私を抱き締めてはくれまいか?」

 パンドラはラダマンティスを真摯な目でじっと見つめながら、言った。



 

 
 そっと。

 胸に引き寄せる。

 
 
 パンドラは顔を埋めると、両手をラダマンティスの身体に回した。

「ほんとうに、お前はここに居るのだな……夢の中では私が声を掛けようとすると、消えてしまう…」

「はい、貴女様の目の前に…居りまする」



「ここを、病んでおるのだな…」

 パンドラは顔を上げると、ラダマンティスの右胸に手を当てた。

「良くなってくれ……急がずともよいから…」


 

 まじないのような言葉だ、とラダマンティスは思った。

 貴女様にそう仰って頂けますと、今すぐにでも、治りそうな気が致しまする…。


 

「はい。必ずや……!」



 
 
 冥界の為に。

 皆の為に。

 ハーデス様の御為に。


 
 
 否…、何よりも、誰よりも……

 パンドラ様。

 貴女様の、御為に…!!!

 

 

 


 お会いしとうございました。

 ずっと…ずっと……

 ずっと……!












 


 
 さらさらと、風に揺れる窓の外の木々。

 
 少し開いた窓からは、爽やかな空気が病室内に流れてくる。

 
 微風にそよぐ、愛しい女(ひと)の、艶やかな長い黒髪…。


 なんと清らかで、可憐なお姿なのでございましょう……パンドラ様!

 

 

 

 愛して止まないお方との再会も…抱擁も果たし、清々しい心地で居るはずだと申すのに。


 



 なぜ俺は、こうにも気分が優れぬのだ!!!




 

 


 
 
 

 
 それは単純な理由であった。

 

 朝から38℃台の熱を出していたラダマンティスは、当然の如く頭痛もするし、未だ咳も治まっておらぬ。


 本来ならば、横になりたいところなのだが……


 久方振りに、ほんとうに久方振りに、お会いしたくて堪らなかった最愛のお方が見舞いに来て下さっているのだ、寝てなどおられようか!


 ラダマンティスは、ひとことたりともパンドラの言葉を聞き漏らしたくはなかったし、それに……一秒でも長く、彼女の花のかんばせを眺めていたかったので、上半身をベッドの上に起こしていた。



 






 


 
 

 
 
 ラダマンティスの病室から昼食のトレイを下げたミロと廊下ですれ違いざまにもう一人の当番・カミュは、おやっとトレイに目を留めた。


「何だ、ラダマンティスは、殆ど昼食に手をつけなかったのか」


 いいや、とミロは首を横に振ると、親友に意味深長な笑顔を向けた。


「カミュ、お前も感じ取っていただろう?先程のラダマンティスと、冥界から訪ねて来たパンドラ嬢の愛に満ち溢れた……」


 ミロは自身で言った台詞が恥ずかしくなり、顔を朱に染めた。


 ああ、とカミュは微笑んだ。


「あのラダマンティスも、愛する女性(にょしょう)の前では、全く普通の男なのだな…」


「今、ふたりはどうしていると思うか?カミュよ。ラダマンティスの奴、パンドラ嬢手製の昼食を食べさせて貰っておるのだぞ!」


 くくくっ…と、さも可笑しそうに笑いつつ、ミロは続ける。


「常にしかめっ面で、怖面のラダマンティスがだぞ」


「後であまりからかうなよ、ミロ。久々の再会だ、嬉しいに決まっておろう」


 真面目な反応しか示さない親友に、なんだカミュ、つまらん奴だな……と言い放ってからミロは、


「からかいなどしないさ。…だがカミュ、今それを持って行くのは不粋というものだ」


 と、洗いたての真っ白なタオルをラダマンティスの病室へ持って行こうとしていたカミュを制止した。






 


 
 

 
 
 
 病室では。


 

 ミロが運んできた病院食から粥の入った碗のみ受け取ったパンドラが、スプーンに中身をすくってふーふーと冷ましていた。


「粥だけでは味気無いであろう。焼き鱈子でもほぐすか?」


「は、はい…」


「卵焼き、食べるか?ほうれん草を入れてみたのだが…どうであろう?」


「お、美味しゅうございます……」


 言われるがまま、されるがままに、かなり(いや、とても!)無理をして昼食を口にしていたラダマンティス。



 

 パンドラ様が俺に…こうして御自ら食べさせてくださり、ましてや御手を傷だらけになされながらもお作りくださった料理なのだ、多少気分が悪くとも、食べられませぬなどと言えるものか……!


 



 彼はどうしようもなく不器用で、残念な男であった。

 

 正直に、「気分が悪うございますので、申し訳ございませぬが、今は食べられませぬ」と言うべきだったのだ。

 


 
 やはり……!



 
 
 
「……っっ!!!」



 先程から胸がむかむかしていたのだが、急速に、異物感が込み上げてきた。


 喀血の際の不快感とは、また違った。


 慌てて、口元を覆う。


 

「……ぅ…」


 元々、紙のように白くなっていたラダマンティスの顔色がみるみる青くなってゆくのを見、事態を悟ったパンドラは、急ぎサイドテーブルに置いてあったガーグルベースを彼の口に当てがってやった。



「ぐえぇっっっ」



 ダイレクトに嘔吐してしまった、ラダマンティス。


 パンドラはガーグルベースを左手で持ったまま、心配と困惑の入り混じった表情で、


「大丈夫か?ラダマンティス。食えぬならそう申しても構わぬのに……」


 と、彼の背を擦った。


「も、申し訳もございませぬ……貴女様の御手を、汚してしまいまし……た……ぅえ!」




 

 ああ、俺はなんと情けなく、みっともない男なのだ…!



 穴があったら入りたい……とはこのことか。






 
 涙目になりながら苦しそうにもどしているラダマンティスに、パンドラはおろおろと困った様子で背中を摩り続けている。


「まだ苦しいか?如何致す、誰ぞ呼ぶか?」


「い、いえ…もう、殆ど…治まりましてございます」


 ラダマンティスはふう、と一息ついた。吐いてしまえば案外すうっと楽になるものである。


「そうか……。それならば良いのだが。私は、これを処理しに行くゆえ、やはり誰かに来て貰おう。それまで横になっておれ」


 ガーグルベースをティッシュで覆い、スッと立ち上がる、パンドラ。


 彼女が病室を後にすると、ラダマンティスはのろのろとベッドから這い出した。



 






 
 部屋に備え付けてある洗面台までふらふらと歩いて行き、蛇口を捻ってコップに水を灌ぐ。

 幾度も丹念に口を漱いでから、ふと、洗面ボウルの上の鏡を覗き込んでみると……、

 


 
 長患いの所以か、病み衰えた己の貌が映し出されていた。





 ああ…




 俺は、なんという、失礼極まりない事を!!

 折角のパンドラ様お手製の料理を、お作り下されたご本人の目の前で、吐…(ええぃ、もう!我ながら信じられん醜態だ……!)。



 彼女がお戻りになられたら、どのような顔をすれば良いというのか……。

 






 はあぁ…、と大きく溜め息をつくと、ラダマンティスは頭を抱えて、がっくりと項垂れた。













 それから少し後、ミロが病室に入って来た。


「…ラダマンティス?」


 声を掛けてみたが、ラダマンティスは頭から布団を被ったまま、返事もしない。


「パンドラ殿から頼まれて様子を見に来たのだが。…どうした?」


「ミロよ…」


 布団の中から、ぼそりと声がした。


「俺は、もうダメだ……」


「はあ???」


 ミロは訳が解らず、取りあえずベッドにどかりと腰を下ろす。

 

 
 
 ラダマンティスが被っている布団を頭の部分だけ払い除けると、


「どうしたというのだ、一体」


 と訊いてみた。


 ミロに背を向けたままだったラダマンティスはバツが悪そうに顔を上げ、今あった事をぼそぼそと小声で話した。


「何だ、そんなことか!あっははははは!!」


 ミロは吹き出すと、腹を抱えて笑い出した。


「なっ何がおかしい!!!」


 カッとし、真っ赤になって怒鳴ったラダマンティスは、ゲホゲホと咳き込んだ。


「だだだだ、だってだな、ラダマンティス!そのような些細なこと、気にしておるのはお前だけであって、パンドラ殿は何とも思っておられぬぞ、きっと、な」


「些細なことだと?!スコーピオン……貴様~~ッッ」


 ミロは笑うのを止めると、真面目な表情をつくり、ラダマンティスを見やった。


「廊下で待機していた俺に、パンドラ殿はこう申されたんだぞ。『今、一寸気分を悪くしましてな。拗ねておるかもしれんので、様子を見てやってくれませぬか。子供のようなところがある奴だが、よろしく頼みます』とな。そして笑いながら、お前の吐物を処理しに行かれた」

 
「~~……!!」


 ラダマンティスはますます恥ずかしくなり、再び布団で顔を覆った。


「お前の好いたあのパンドラ殿は、言い方は悪いが怒るなよ…、そんなケツの穴の小さな御仁ではないと、俺は思うぞ。度量の広い女(ひと)ではないのか?」



 

 
 
 ガチャリとドアの開く音がして、パンドラが戻って来た。


「…話が、弾んでいるようだな」


「機嫌、直りましたようですよ。なぁ、ラダマンティス。では私はこれにて失礼しますゆえ」


 ミロはベッドから立ち上がると、ぽんぽんとラダマンティスの頭の辺りを軽く叩いた。


 そしてパンドラに一礼すると、病室から出て行った。










 


 


 わざわざ来てくれずともよいのに…な。


 
 熱のある身をおして、見送りに来たラダマンティスを気遣いながら、パンドラは彼とふたり、リノリウムの匂いのする古びた廊下を一歩一歩、ぎしぎしと踏みしめていた。



 やはり、こうして送って貰うのは嬉しいことだ……。



 パンドラは微笑しつつ、横に並んで歩くラダマンティスを見上げた。




 


 

 
 
 ラダマンティスはというと。





 

 

 
 …恰好悪い。



 恰好悪過ぎだ……!




 
 
 先程の病室での事件を思い、顔を赤らめ俯いたまま、黙って歩を進めていた。




 

 

 まだ気にしている様子のラダマンティスをくすくす笑いながら、パンドラは背伸びをして、地上と冥界を繋ぐ階段──人知れず病院の一角に存在する──の扉の前で、彼の額に手を当ててから、前髪をくしゃっと撫ぜた。



「熱が下がるまで、私が帰った後は大人しく寝ておるのだぞ。判ったな?」


「はい…」


「…次に来る際は、外を歩けるようになっておると良いな……」


「はい、早くそうなりとうございます…」







 




 ほんの暫しの、別れ。




 

 また、会いに来て下さると仰っているのに。


 

 

 寂しくて、遣る瀬無くて…、仕方がございませぬ……。



 





 

 …つい、感傷に溺れてしまう。

 
 いかんな、とラダマンティスは自戒した。


 

 

 愛するお方のことばかり考えていては。


 早く復帰して、バレンタインらに任せ切りの仕事も休んだ分だけ挽回せねばならぬ。


 ミーノスやアイアコスにも負担をかけ放しだ。


 

 

 俺も貴女様と共に、いま冥界に帰れましたらどれ程良いでしょう……。


 そう言いたいのを、ぐっと堪えて。




 


 


「では、またな。黄金聖闘士らの云う事をよく聞くようにな…」



 



 

 
 一度だけ振り返ると、パンドラは地下へと続く階段を降り、冥界へと戻って行った。



















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プロフィール
HN:
龍峰&お竜
性別:
非公開
自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。

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