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『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』

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「アイアコス。備品の件は片が付きましたか?」





「おう、こっちはバッチリだ。お前の方はどうだ」





「ええ、こちらも不本意な方法ではありましたが、何とか」









ミーノスは裁きの館に顔を出したアイアコスと共にデスクに積まれた書類を整理していた。





外回り専門のアイアコスがこうしてデスクワークに加わるのはかなり珍しい事で、その来訪をルネに告げに来たマルキーノは腰を抜かしかけていたほどだ。





「お二人とも一息つかれませんか」





気を利かしたルネがコーヒーをなみなみ注いだマグカップを運んできて、執務室は暫し香ばしい香りに包まれた。





「うげ、ブラック…俺、コーヒーはミルクたっぷりじゃないと飲めないんだけど」





「そう仰ると思ってハイ、どうぞ」





ルネから温めた牛乳の入った容器を受け取って、アイアコスはくしゃっと笑う。





「サンキュ!さすがミーノスお気に入り副官殿♪気が利くう♪」





「・・・アイアコス。・・・で、ルネ、あなたの方は支障ありませんでしたか?」





「・・・は、勿論であります」





アイアコスのからかいに一瞬ためらいを見せていた副官は、背筋を伸ばして上司の方に向き直ると軽く頭を下げてみせた。









彼らがこの数日骨を折っていた仕事というのはこうだ。





慣れない入院生活に苦しんでいるらしいラダマンティスのために、何らかの手を打とう。



というか早く退院してもらわないと、奴の管轄の執務の予想外のハードさに加え、奴の直属の部下達の泣き言の鬱陶しさに辟易しっぱなしだ。





どちらからともなくそんな話になり、実際動くことにした。





ということでルネはパンドラへの進言、アイアコスは地上からマスク等物品の調達、ミーノスは最新医療器械の整備を。





医療技術や物資面だけでなく、精神面でもフォローしなければ。



生真面目で変に古風なラダマンティスの病状は絶対良くなるはずがない。





そう確信した2巨頭は、彼らの判断でラダマンティスの闘病生活をバックアップすることにしたのだ。





「建物自体、前聖戦の頃からの遺物ですからね」





「ある程度手は入れてっけどな~、だいたい怪我人用の備えしかしてなかったし。けどミーノス、お前よく聖域に協力要請したな」





コーヒー(とは名ばかりのコーヒー風味牛乳)を啜りながら、アイアコスはちろりと友を流し見た。





「そりゃ愉快ではありませんよ。ですがそんな事を言っている場合でも無いでしょう。私達は人であった頃の関わりは全て断ち切ってここに来たのです。今更地上でどう振る舞えと?ましてや手に入れたいものはどこにでも転がってる類のものでもありませんし。聖域、いえ城戸沙織嬢の立場を利用したまでですよ」





ミーノスはいつになく饒舌に一気に話し終えると、息をついてコーヒーを飲む。





「ふーん」





アイアコスは意味ありげに鼻を鳴らすと、にやりと笑ってコーヒーを啜った。





「・・・・なんですかアイアコス」





「いや、珍しく熱くなってるからさ」





「・・・別にそういうわけではありません」





「ふーん」







2巨頭の会話に何となく空恐ろしさを感じて、そそくさと執務室をあとにするルネだった・・・。









































第一獄でそんな会話がなされていた頃。







第二獄の病院では、相変わらずラダマンティスが病室で悶々とした時を過ごしていた。









排菌はかなり治まってきたらしい。



医師の見立てでは、このまま行けばあと1週間程で人と会えるレベルにはなるそうだ。





最近急に病室にテレビが設置されたり、3時の紅茶の質が格段に良くなったりで、ずいぶんと病室での暮らしぶりも向上してきてはいる。何故だかは知らん。





確かに少しは慰めにもなってはいる、が。







だが、窓の外を眺めるたびに。





遠く第七獄の上空を、仲間らしき影が飛び去るのを見かけるたびに。





胸を掻き毟られるような気持ちになるのだ。











ミーノスやアイアコスは、俺の分まで激務をこなしている事だろう。



最後に見たミーノスの心配そうな顔が脳裏に焼き付いて離れない。





それに、バレンタインやクイーン、ゴードンにシルフィード。



俺の顔を見るたびに、それはそれは嬉しそうについてきてくれる可愛い部下たち。



あいつらはずっと俺に気遣いの言葉をかけてくれていた。









そして、パンドラ様・・・









夢の中でお会いしたパンドラ様の、最後に見せてくださったあの微笑・・・



一秒たりとも忘れたことなどない。





早くお会いして、この不肖ラダマンティス、結核菌などに負ける男ではないと、そうお伝えしたい。







早く、早く・・・お会いしたい・・・





パンドラ様・・・!

















考えれば考えるほど、焦燥感は増してゆく。









あと一週間。









今のラダマンティスには、気が遠くなるほどの時間に思えた。















































数日後。













「先生!先生!!!」





「どうした、大きな声を出して」





2階の外科病棟を巡回していた医師は、看護師の声に振り返り眉をひそめた。



見れば看護師が肩で息をしながら病室に飛び込んできている。







「寝ている患者もいるんだぞ、落ち着かんか」





「ラダマンティス様が!脱走しました!!!」







「何!?ついにか!!」







医師は看護師よりもさらに大きな声を張り上げると、天を一度仰いでから脱兎のごとくその場を後にした。









ダダダダダと駆け込んだ病室はもちろんもぬけの殻で。







もしやと思い飛び込んだ大型ロッカールームも、案の定一つの扉の鍵が壊され打ち破られていた。





「やはり・・・もうすぐ面会許可が出せると思って油断した・・・」







医師は再度天を仰ぐと、ぶんぶんと頭を振って白衣を脱ぎ捨てる。





「君はミーノス様アイアコス様に連絡を!私はとにかく追いかける!」





冥衣姿の医師は、看護師にそう言い捨てると黒い空にひらりと舞い上がり、そのまま第七獄の方へ姿を消した。





















一方その頃ラダマンティスは。





















第六獄の外れ、アケローン河上流のほとり。







血の池地獄がぎりぎり微かに見えるくらいの、冥界の中でもほとんど冥闘士がやってこない場所。





そんな場所で、ラダマンティスは久しぶりの冥衣の着心地に高揚感を隠し切れずにいた。







「やはり、俺にはあのような狭苦しい病室は似合わん。それにどうだ、この湧き上がる力は…!」





冥闘士は冥衣を脱げばただの人。



しかし、一度冥衣を身につければ、絶対的な力を手にすることができる。





少しずつではあったが快方に向かっていたラダマンティスの体は、久々の冥衣に細胞の隅々まで喜びを弾けさせている。







・・・繊細で誠実で、生真面目で良い漢である彼は、残念ながら人一倍鈍感で単純な男でもあった。







「倒れる前と同じ、いやそれ以上の力を取り戻せているではないか!もはやあのような生活は俺には不要だ。少々早いが、任務に戻ることにしよう」





そう呟いて空に飛び上がりかけたラダマンティスだったが、すぐに考え直して地面に降りた。





「いやまあ、とりあえず亡者共が逃走を試みておらぬか見回りでもするか・・・」





鈍感で単純ではあったが、誠実なぶん自分の脱走に関しては多少後ろめたい部分もあるらしい。



思い切り空を飛び回りたい気持ちをグッとこらえて、ラダマンティスはのんびりとアケローン河に沿って歩き始めるのだった。



































「・・・本当にバカですね、あの男は・・・!」





「何だよミーノス、今頃気付いたの?」





「…知ってましたよ、アイアコス」





ジュデッカに息を切らして飛んできた医師の報告を聞いた2人は、すぐにラダマンティスを捕縛するべく飛び出していた。







低空飛行で第八獄をくまなく飛び回り、見つからないと分かると今度はコキュートスへと向かう。





冥界一の寒さを誇るコキュートス。



こんなところにもし彼がいたとしたら、さすがの私もキツめのお仕置きをしてさしあげねばね・・・



ミーノスがそんな事を考えながら探し回っていると、遠くから呼ぶ声が聞こえてきた。





「ミーノス様!アイアコス様!いかがされました!?」





見ればバレンタインとギガント、ミューの3人がこちらに向かって駆けてくる。





「チッ、こりゃ事が大きくなるな。俺は探索を続ける、あとは頼んだぞミーノス」





アイアコスはそう告げると物凄いスピードであっという間に第七獄の方へ消えてしまった。





また、面倒なことは私に押し付けて逃げましたね・・・



ミーノスは恨めしさをひた隠してひらりと地面に舞い降りる。





「ミーノス様、どうされました?あれ、アイアコス様は・・・」





「単刀直入に申し上げましょう、バレンタイン。ラダマンティスが行方不明です」





ミーノスの言葉に一瞬気絶しかけるバレンタイン。





「悪いが君を気遣っている暇はない。事は一刻を争うのです。私はまっすぐ地獄門へ向かう」





ミーノスは再び中空へ舞い上がると、ミューについてくるよう命令してそのまま高速で飛び去ってしまった。







「おい!大丈夫か?!」





ギガントに揺り起こされて、バレンタインはハッと意識を取り戻す。



慌てて辺りを見回しても、すでにミーノスの姿はない。





「ラダマンティス様!」





バレンタインは真っ青な顔でそう叫ぶと物凄い勢いで空に飛び上がり、ギガントの声も聞かずそのまま第七獄の方へ消えてしまう。





「くっそ~、俺だけ徒歩かよ!!」





ギガントは地団駄踏みつつ仕方なくバレンタインの後を追うのだった。









































丸一日経って。









皆の必死の捜索も功を奏さず、何も知らないラダマンティスは空腹に鳴る腹をさすりながらいまだアケローン河のほとりをとぼとぼと歩いていた。







「むう・・・さすがに腹がへるな・・・それに先ほどから体が熱い。まさか、熱がぶり返したか?」





ぶつぶつとこぼしながら寒さの中立ち止まる。



手近な岩に腰掛けて、マスクを外した。







「ケホッ!・・・ゴホッ!」











いかん、先刻より咳が止まらぬ。



せっかく治まっていた背中の痛みもまた感じる。



胸の熱も先程からいや増すばかり・・・







「ごほっ!ゲホッ!・・・ック」









たかが丸一日、薬を飲まなかっただけでないか。



俺は、自らの力で結核菌とやらを根絶するのだ。



神話の時代から生きてきた俺が、こんな病に負けはせぬ!







そして以前よりも雄々しく誇り高い翼竜として、パンドラ様・・・ひいてはハーデス様を御護りするのだ・・・。











だがしかし。想いとは裏腹に、咳は依然止まらない。





怒り、情けなさ、悔しさ、誇りを傷つけられたような胸の痛み。







「げほっ!ぐふっ・・・ゴホッ」







咳のし過ぎなのか、胸の奥がひゅうひゅうと嫌な音を立て始める。











ラダマンティスは咳の治まらぬ口元を手で押さえたまま、力を振り絞って地面を蹴った。



大きく羽ばたいて、上空へと上っていく。





「・・・っ!認めぬ!俺は、ワイバーンなのだ・・・ッ!」







かなりの高さまで舞い上がって、遥か地面を見下ろした時だった。

















かつてない不快感が、彼を襲った。





















「ぐ・・・ぅっ?!」















胸の奥を駆け上がる、尋常でない熱。













焼き切れそうな熱さに思い切り息を吸おうとした時だった。











違和感と不快感が、同時に喉の奥を焼いて。











『ああ、これはしばらく治まらぬ咳になる』







一瞬の判断も、当たりはしなかった。











焼けた大きな鉄の塊が喉奥をせり上がってきて、口内へと放たれる。









「・・・・・・カハッ・・・・・!!!!!!!」











瞬間。











見たこともない大量の鮮血が。







ごぼごぼと立て続けに、泡立ったまま、澱んだ冥界の空に吐き出されていく。











まるでスローモーションのように、後頭部が引力に惹かれて落ちていくのをラダマンティスは夢の中のように茫然と眺めていた。







自分の足が、冥衣をまとった足が、黒い空と己の血と入り乱れて見える。





翼が重く、吸い込まれるみたいに墜ちてゆく。









気が、遠くなる。









血飛沫が花びらのように、自分と一緒に地面に向かって降りていく様を虚ろな目でぼんやりと見ていた。













「パンドラ様・・・」















声になっていただろうか。











今度こそ最期には、愛しい人の名を。





















































――――――――――――――――――――











「…ッ」



自分の黒い翼が、空に溶けるのではないかと思えた。


コキュートスを飛び出してから、もう何時間経ったかも分からない。


「ラ…ダマンティス様…っ」


翼は軋み、いつもなら感じる事もない冥衣の重さも初めて知った。




あの人を見つけ出せるのは自分しかいないと確信していたから、だから飛び続けていられたのだと思う。




だから、ほんの僅かに遠くで弾けたあの人の黒い小宇宙を感じた時。


かつてない早さで飛べたのだと思う。


















「……!!これは…ッ!」

第七獄の全てを身渡そうと、上空高くに舞い上がった矢先だった。


遠く第六獄の先の先に。





敬愛する彼の上司の、独特の闇が。

弱々しく揺らいで、そして弾けるのが“見えた”。





聖闘士共ではないが、光速だったと思う。



「ラダマンティス様!!!」




飛んで飛んで、アケローン河の上空近くまで辿り着いた時、この目であの人の黒い翼を見つけた。



「ラダマンティスさ…ま?」



ホッとしたのも束の間。




ゆらり。




あの人の頭が、仰け反るのが見える。

赤い飛沫が、黒い光沢を帯びて飛び散るのが見える。


そして、そのまま堕ちてゆくのも。





瞬間、意識は飛んだ。






気が付けば、あの人の頭を、この胸に掻き抱いて。

地面すれすれの低空で、もう少しで地面に激突するところだったあの人の身体を、私はしっかりと受け止めていた。




けれど。





「……」




地面にそろりと降り立った私達2人に、ぱらぱらと赤い滴が降り注ぐ。



この敬愛すべき上司の口元を濡らす大量の血と、青褪めた頬を見て。



「…ッ」





私は、ハーピーとして目覚めたこの今生で初めて、声を出して泣いた。























鋭く発せられたバレンタインの小宇宙に呼ばれて慌てて駆けつけた第二獄の病院。


「お手柄ですよ、バレンタイン」

ミーノスが気遣わしげにバレンタインの労をねぎらう。


アイアコスも言葉こそ無かったが、ポンとバレンタインの肩を叩いてみせた。


「当然の事をしたまで、です」


カイーナの副官は俯いたまま、表情を変えない。


青褪めた顔に、ミーノスとアイアコスは思わず顔を見合わせた。



「ずっと飛んでいたのでしょう?大丈夫ですか?バレンタイン」


ミーノスがそっとバレンタインの肩に手を載せた時、背後から声がかかる。


「バレンタインどの、殺菌消毒を済ませていただかないと」


処置室から出てきた看護師の台詞に、そこで初めてバレンタインの表情が変わった。


「要らぬ…!」


伸ばされた看護師の腕を振り払うバレンタイン。



普段はただ冷たいだけの光を湛えた紅い瞳がその色の通りに燃えるのを見て、ミーノスもアイアコスも驚きを禁じ得なかった。



「失礼いたします」


バレンタインは看護師の求めには一切応じず、上官2人に軽く一礼すると、翼を翻しその場から去って行く。



「…ありゃ、責任感じまくった顔だったな」


「…ええ」



残された2人は遠ざかるバレンタインの背中を見つめながら、小さくため息をつくのだった。


























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プロフィール
HN:
龍峰&お竜
性別:
非公開
自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。

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