『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』
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冥界第八獄、カイーナ執務室。
「いや、いい。気遣いは有難いが私はもう少しここに残る」
「ホントに?…分かった。分かったけど、キリのいいとこで上がりなよ?」
「ああ、分かっている」
「どうだか」
私の見え透いた台詞に、クイーンは肩を竦めた。
くるりと踵を返し、右手をひらひらさせて部屋をでていく。
バタン。
執務室の重い扉が低い音を立てて閉じられた。
私は小さくため息をつく。
地上の時刻ではいわゆる丑三つ時か。
冥界に丑三つ時も何もあったものじゃないが…この時間まで残業をする事も、ここ最近では珍しくなくなっていた。
あの方が地上に堕とされてから、もう丸一ヶ月。
死に物狂いで仕事に打ち込んできたのは、何も責任感だけじゃない。
あの、感触を忘れる為。
忘れたくても忘れられない、あの…
そこまで考えが及んで、私は慌てて頭を振った。
「管理票をまとめねば…」
自分に言い聞かせるように、わざと声に出してみる。
力無い声は、主の居ない執務室に吸い込まれて消えた。
結局執務室を出たのは、それから2時間も経ってからだった。
A勤で早起きのクイーンに嫌味を言われたくはない。
私はコソコソと小さな扉を開いて、夜勤組の目に届かぬよう低空で官舎へと飛んだ。
地面すれすれに、つむじ風のように飛んで行く。
「…」
あの日以来、高く飛んでいない。
いや、飛べない。
飛べなくなった。
飛ぶ事自体、駄目になるのではないかと畏れもしたが、何とか免れている。
怖いのだ、私は…
あの日の自分を見る事が。
広い第八獄を飛びながら、私はいつの間にかあの方の面影を追いかけていた。
あの方はいつだってご自分に厳しかった。
もちろん私達部下にも厳しかったし、求めるもののクオリティはとても高くて閉口した事もしばしばだった。
己の苦境には不敵な笑みを浮かべて立ち向かわれる方だった。
部下の苦境にも冷静に、しかし圧倒的な力で我々を導いてくれた。
そして…
部下の死にも、静かに向き合っておられた。
けれど、私は知っている。
その時その度、あの方の握った拳が、白く色を失くして握り締められていた事を。
あの方は誰よりも優しく、実直で、私は、私は。
あの方の為なら、命だってなんだって、いつでも投げ出せたのに。
愚かな私は、あの方に甘えるばかりで、苦しめて。
あの方に、甘えて欲しかったと思うのは、傲慢だろうか…?
いつもの堂々巡りを繰り返し、気が付けば官舎はとうに通り過ぎコキュートスのそばまで来てしまっていた。
「またやってしまった…」
このところこの時間ここに居る事が増えてきている。
冷たい風と氷の世界は、自分が一度死んだ場所だ。
復活してすぐの頃は、あまり近寄りたいとは思えない場所だったのに。
今では心地よいと思えるくらいに馴染んでいる。
この広大なコキュートスでは見回りの冥闘士の数も少なく、誰かに姿を見咎められるような事はなかった。
私は静かに地面に降り、凍り付いた骸を静かに見つめる。
志半ばで潰えたか、聖闘士よ。
最期の時はどんなだったか。
やはり悔いは残ったか。
胸の内で語りかけても、もちろん骸は応えはしない。
あの方が居ない冥界は、まるでこのコキュートスのようだ。
呟きは冷たい風に削られて消える。
「バレンタイン殿!!」
突然の呼び声に、私は驚いて振り返った。
見ればミューがフェアリー達を引き連れてこちらへ飛んでくる。
「このような場所で何を?今日はC勤でしたっけ」
「いや…残業が伸び伸びてしまってな」
「伸びたって…もう朝ですよ?!」
「ああ」
分かっている、と頷けばミューは眉間に皺を寄せて私をジッと見つめた。
視線が痛い。
「とにかく、少し寝なくては。さあ」
その言葉に思わず体を強張らせた私に、ミューは怪訝な顔をした。
「どうしたんです?」
「いや、なんでもない。帰る」
寝るのが怖いだなんて、言える筈もない。
あの日の夢を見てしまうなんて。
怪しむミューを残し、私は自分の部屋へと戻った。
冥衣を脱ぎ、キッチンで水を煽る。
徹夜開けの体はじっとりと脂汗にまみれており、私はバスルームに飛び込んだ。
熱いシャワーで何もかもを洗い流し、スッキリとした体をソファに横たえ、うつらうつらと仮眠を取った。
あの日からベッドで寝ていない。
こうしてソファでうとうとと微睡む一瞬にも、腕の中で今にも散りそうな白い花が、みるみる紅く染まってゆく夢を見ている。
その度飛び起きて、私は頭を抱える。
でも、あの方の苦しみに比べたらこれしきの事など。
あの方の抱えてきたものに比べれば、塵芥のようなものではないか。
また暗い朝が来て、私はのろのろと起き出し冥衣を纏う。
そして、贖罪の一日を再び過ごすのだ。
竜
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龍峰&お竜
性別:
非公開
自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。
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