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『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』

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4月の風はまだ冷たい。

ラダマンティスは久しぶりの外気の冷たさにプルルと頬を震わせた。

「寒いかね」

シャカの問いに答えようとして、けれど口を閉ざす。病棟の陰から日なたに出たからだ。

「いや…問題ない」

自然頬が緩む。
ラダマンティスの瞳に飛び込んできたのは、陽光輝く穏やかな中庭の光景だった。

ヒバの植え込みが敷地の周りをぐるりと取り囲み、池の向こう側まで続いている。ゴールドの葉先が太陽光を明るく反射してキラキラと光っていた。
足元を見れば、程良く並べられた煉瓦の小径が緩いカーブを描きながら小さな白い屋根の方へ伸びていて、あれはきっと東屋なのだろう。
小径の縁に沿うように慎ましげに咲いているのは白いカタバミの花のようだ。そこから黄緑色の新芽を伸ばした芝生が池のほとりまで続いていて、ところどころに今は葉だけを茂らせた紫陽花の群れを確認出来た。

「…」

黙って歩を進める。

東屋の方を見れば、小さな白い花をたくさんつけた木イチゴのアーチが幾つも煉瓦の小径にかけられており、そこへ薔薇の木が枝を這わせてさながらトンネルの様だ。
まだ開花には早いのか、薄緑色の蕾を微風に揺らしている。
木漏れ日が小径に斜めに差して、光のシャワーのようだ。

「どうかね」

シャカの声がいつになく愉しげな響きを伴っていて、ラダマンティスは思わず立ち止り振り返った。

「ああ・・・素晴らしいな」

「さもあらん」

車椅子を押して後を歩いていたシャカは、ラダマンティスの言葉に至極満足そうに頷く。
柔らかな風が優しく頬を撫で、シャカの背後で咲き誇る山吹の花弁を揺らした。

「それにしても何故だろう・・・懐かしいような気持ちになる」

「それはそうであろうよ」

シャカはフンと笑ってカタコトと車輪を鳴らし、ラダマンティスを追い越した。

「どういう意味だ」

訳が分からずラダマンティスはシャカの後を追う。
薄い背中は何も答えず淡々と東屋へ進むので、仕方なくラダマンティスもついて行った。

東屋が近づくにつれ、草花の数が多くなる。
オオイヌノフグリが青い絨毯のように咲いているかと思えば、鮮やかな芝桜がピンク色の花弁を競っている。他にも名も知らぬ色とりどりの草花達が、ラダマンティスの来訪を喜んでいるようだった。

緑の薔薇のトンネルを抜けると、白い大理石で作られた小さな東屋が現れた。
池はここまで続いていたのか、東屋は池に少し突き出すような形で建てられている。

「これは…」

ラダマンティスがほう、とため息をついた。
何故なら、東屋をまるで包むように様々な薔薇が咲き誇っていたからだ。

「座るかね」

シャカが顎をしゃくって示した先は東屋の方ではなく、芝生に直接置かれた白いテーブルの方だった。
ご丁寧に、椅子には毛足の長いカバーのかかったクッションと膝掛けが準備されている。

言われた通りに座るラダマンティス。
シャカはその場に車椅子を置くと、スタスタと東屋の方へ歩いて行った。
そして銀のトレイに乗せられたティーセットを持って戻ってきた。

「ずいぶん準備が良いんだな」

「ムウの心遣いだ」

シャカが意外にも慣れた手つきで紅茶を淹れるのを、ラダマンティスは不思議な気持ちで眺めた。良い香りが鼻腔をくすぐる。

「飲みたまえ」

薔薇のジャムが添えられた紅茶は、やはりどこか懐かしい味がした。

「こんな立派な庭があったとは…さすがアテナのお膝元といったところか」

「アテナはお優しいお方でな。君をここへ迎え入れると決まった日から、我々に準備をお命じになられた」

「お前達に?」

「そうだ。私とアフロディーテにかかれば造作もない事。ムウにも手伝って貰ったがね」

「この庭はシャカ、お前達が作ったのか?」

「そうだ」

「黄金聖闘士というものは万能なのか…庭も作れば医者にもなる」

「黄金が、では無い。アテナの聖闘士が、だ」

澄まし顔でカップを傾けるシャカを、半ば呆れたような表情で眺めるラダマンティス。

「君らとて同じであろう?冥王の為なら如何な事も可能な筈」

「それはそうだが」

ラダマンティスは筋肉の落ちた自分の右肩をそっと撫でた。
冥衣の感触は、今は無い。

「ハーデス様、そしてパンドラ様の御為に我らは存在するのだからな…」

「君はこの庭を懐かしいと言ったな」

シャカが急に話題を変え、やはり噛み合わないな、とラダマンティスは思う。

「ああ、確かにそう言った」

「この庭はイングリッシュガーデンなのだ」

・・・ああ、そうか、とラダマンティスは背もたれに寄りかかった。

今は消えて久しい、人であった頃の記憶。
この胸は忘れていても、身体の…脳の細胞達は憶えているものなのか。

「私の庭に比べれば天と地の差だが…それでもなかなか悪くない出来だ」

シャカは薄く微笑んでカップをソーサーに置いた。
ラダマンティスは改めてこの美しい庭を見渡す。

冥界とは全く違う、生気に満ちた色とりどりの世界。

心では違うと思っていても、細胞はこの世界を歓迎している。
認めたくない、でも認めざるを得ない真実。

「そうだ、な」

目を伏せたラダマンティスが静かに笑うのをシャカは閉じた瞳でジッと見つめた。

そよ風がラダマンティスの額にかかる前髪を揺らす。
太陽の光は穏やかに金色の髪を照らしてはキラキラと反射して辺りに零れ落ちている。

…苦悩の似合う男よ。

シャカはまた薄く笑ってカップに口をつけた。

「ラダマンティス。茶を飲んだら池の向こう側まで歩くぞ」

「ああ」



その後2人はしばらく池のほとりを散策した。
途中疲れの見えたラダマンティスを車椅子に乗せ、シャカは黙って中庭を歩いた。

特に会話が盛り上がる事も無かったが、ラダマンティスには心地良い沈黙だった。シャカと過ごす時間も、悪くないと初めて自然に思えた。





庭に居たのは1時間も無かったろう。
初日から無理は禁物とシャカは車椅子を押してそのまま病室に向かったが、病室に着いた頃にはラダマンティスはウトウトと睡魔に誘われ船を漕いでいた。

「ふむ」

指先をラダマンティスの方に向け、テレキネシスでベッドへ移そうとしていたシャカだったが、ふと思い直し上着を脱いだ。
シルクのシャツを腕まくりし、長い髪を手近な紐で結わえる。

車椅子で寝こけるラダマンティスの膝の裏に左腕を差し込み、右手で背中を抱え込んでグイと持ち上げた。

「なるほど、軽い」

シャカのこの細い身体のどこにそんな力があるのかと思うくらい軽々とラダマンティスを抱き上げ、赤ん坊をあやすように両手で揺すってみる。

「まさしく赤子同然、か」

クスリと笑った時、ラダマンティスがパチリと目を覚ました。

「~~ッ!?うわああっ!!降ろせ!!」

瞬時に状況を把握したのか、バタバタと手足をばたつかせる。

「暴れるな。ベッドに運ぶだけだ」

「自分で出来る!!」

「寝ぼけた君が悪い」

どんなに抵抗してもシャカの両手はビクともせず、ラダマンティスはゆっくりとベッドに横たえられてしまった。

「う~~;」

「何を今更」

「貴様の力があれば、指を触れずとも簡単に運べるだろうが!」

「嫌なら早く回復することだ。これから私が当番の際は毎回同じ思いをすると肝に命じたまえ」

「はあ?!」

「久方ぶりの散歩で疲れたのであろう?少し休むがいい。私はここで瞑想する」

「シャ…ッ」

ラダマンティスが噛み付くより早く、シャカは真理の彼方へ意識を飛ばしてしまった。
冥衣が無くても、そのくらいの小宇宙の動きは分かる。
歯噛みしたラダマンティスは、仕方なく無理矢理枕へ頭を沈めた。

シャカの突拍子もない行動は今に始まった事では無いが、今日は特に腹に一物あるような素振りだったのが気にかかっている。

「俺を気遣ったのか?それとも」

馬鹿にしたのか、とは言葉に出来なかった。そうでは無いと分かっていたから。

あの庭を俺の母国の様式だと言った時のシャカの笑顔は清らかだった。
アテナに命じられて、と言いながら、シャカの表情は俺の反応に満足していた。

あの顔に、嘘はあるまい。


ラダマンティスは小さくため息をつく。


神に最も近い男と呼ばれる男だ。シャカには俺の苦悩などお見通しなのだろう。

冥衣を没収され地上に堕とされ、ただの人の身として療養せねばならない自分。
身体は痩せ衰え、自分の事もままならず、元は敵であった聖域の連中の世話を受ける日々。
朝夕の日の光の変化を、昼間の風の気持ち良さを、窓から漏れ聞こえる小鳥達の囀りを、嫌でも目に耳にする日々。
…何よりも、そんな日々を、不快どころかどこか心地良く…馴染み始めてしまっている自分が、堪らないのだ。

あの庭を美しいと、懐かしいと思ってしまった自分を、ラダマンティスはズキズキ痛む胸の内に閉じ込めて、目を閉じた。

冥界の漆黒の空を想う。


早く、早く戻らねば。

早く…。











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プロフィール
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龍峰&お竜
性別:
非公開
自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。

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