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『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』

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何時の頃からなど、覚えてはおらぬ。







 聖戦後、再び生を与えられた直後から、体調不良は続いていた。







 …いや。







 もっと以前からかもしれん。







 冥闘士として冥界へ赴いてからそれほど日の経たぬうちに。







 咳と痰、微熱、倦怠感という自覚症状はあったのだ。  







  











 夜半に。







 激しい咳に見舞われ、幾度も目が醒める。







 シーツが濡れる程に、ぐっしょりと汗を掻いている。







 朝、まるで鉛を飲んだかの如く、だるい身体に鞭打つかのようにシャワーを浴び、ゼリー状の栄養補給食品を胃に流し込んでから出勤する……という日々が続いた。







 だがそれは、これから生きて行く冥界という世界 ──このじめじめとした──地上とは全く異なる環境のせいだと、無理にでも思い込むようにしていた。



























  







 

 

 その日は、ミーノス、アイアコス率いる軍との合同演習があった。







 近い将来起こるであろう、マルス軍襲来の暁には、我々冥界は聖域側と連携して火星士どもを邀撃せねばならぬ。







 その為には、いつ、何時でも実戦に対処出来るよう、軍の強化を図っておく必要があるのだ。







  





  



  



 …いかんな。







 今朝はいつにも増して、高熱を発しているようだ。







 悪寒もする。







 胸痛。







 背中の痛み。











  



 だが……







 

 

 カイーナの最高司令官たる俺が、休むなどとは言語道断である!







  



  







  



 そう自身を奮い立たせ、重い身体を引き摺るようにしながら、ラダマンティスは演習の地である第六獄・三の谷へと向かった。







 いま彼を支えているのは強靭な精神力と責任感の強さであり、その身はいつ倒れてもおかしくない程、病魔に蝕まれていた……。































「そこ!右ががら空きだ!!!敵は必ずしも正面から向かって来るとは限らんのだぞ!!」







「アイアコスの軍との連帯がなっとらん!もう一度!!!」







怒声を張り上げ、自軍に的確な指示を与えるラダマンティスは、まるで夜叉が乗り移ったかのような、鬼気迫った様子を呈していた。







 だがバレンタインら、ごく僅かな側近たちは見逃してはいなかった。



 

 

 敬愛する上官の顔色が通常よりも更に蒼白く、時折その端正な顔を歪めて苦しげに咳き込み、肩で息をしている姿を……。





























 冥界三巨頭率いる軍の合同演習が終了した夕刻。







 

 

 ラダマンティスはバレンタインに、





「一旦カイーナへ戻る。それからジュデッカに居わすパンドラ様の御元に今日の報告をしに参上仕る」





 と告げると、甚だしく憔悴した面持ちで自身の執務室へと引き揚げて行った。







「誰も入ってはならん」







 と釘を刺して……。









 



















 執務室へ入ったラダマンティスは、マスクを外し、机の上に置いた。







 デスクの椅子へ深く身を沈め、荒く呼吸をつく。











 

 

 ゆっくりと、瞼を閉じ、眉間を押さえる。









 

 

 どうにも…。







 悪くていかんな……。







 少し休んだくらいで、果して遣り過ごせるだろうか?















「……」 







 熱のせいであろうか。







 頭が朦朧とする。



















「……っっごほっ、ごほごほっっ!!」







 咳は絶えることなく、容赦なく襲ってくる。







 その間、胸部と背中の痛みは激しさを増した。







 ラダマンティスは前屈みに身体を折り曲げ、痛む胸を右手で押さえ、口元を左手で覆うと、尚も咳き込み続けた。



















「ぐっ!…ぅ……げほっ!!!」







 いつもの咳のときにはない違和感が、胸に走った。







 ごぼり、と鈍い、澱んだ音がして、喉の…否、もっと奥から……熱い液体が突き上げて来た。







 口の中に嫌な鉄の味が広がる。







 よく磨き抜かれた、白い大理石の床に吐き出されたそれは ───、濁りのない鮮血だった。



















「ごほっ、ごほっっ……っ」







 口を覆った掌の指の隙間から、血が滴り落ちる。







  













 俺は…







 血を吐いたのか?











 は…。







 もう、嗤うしかあるまいな。







 俺は今までどれだけの血を、敵に流させて来たというのだ。







 だが自分自身は。







 己の内部から溢れ出た血液によって、苦しめられるというこのザマだ。









  









 床に散らばった血を、虚ろな目で、まるで他人のもののように見下しながら、ラダマンティスは弱々しく失笑した……。











































 ラダマンティス、アイアコスと共にジュデッカへと赴くことになっていたミーノスは、一の圏でバレンタインの姿を認めた。









「間もなくジュデッカへ参上される刻限でございますが、ラダマンティス様は未だ執務室にお籠りになられたままで……。ミーノス様!私は…心配なのでございます」







 すがるような表情でそう訴えてきたバレンタインの話を、ミーノスは詳しく聞く事にした。







「…ここ数か月の間、激しく咳き込まれることもしばしばおありでしたし、息を切らせながら階段を昇っておられました。お食事も、あまり進まれぬご様子でした。お傍近くで見ていて、私は本当に辛くなりました……。私共がいくら医者に掛かられるようお勧めしましても、『俺は病気などではない、心配無用だ』と、頑なに拒んでしまわれました。ミーノス様!どうか、ラダマンティス様を……!」





 ミーノスも、ここ最近のラダマンティスの痩せ衰え方は尋常ではあるまいな……と危惧の念を抱いていた。





「分かった。それでは私が、彼の執務室へ行ってみますよ」





 今にも泣き出しそうなバレンタインに、ミーノスはまるで小さな子供をなだめるように微笑み掛けてから、カイーナのラダマンティスの執務室へと足早に向かった。



 



















 



 



「ラダマンティス。居られますか?」







 ミーノスは、執務室の扉の外から声を掛けてみたが、部屋の主の返答はない。



 

「居ない…のか?」





 ドアノブを回すと、拍子抜けする程いとも簡単に、重厚な扉が開いた。









  



「……!」





 次の瞬間、ミーノスは執務室の中へと跳び込んでいた。



 







 ミーノスの視界に飛び込んで来たラダマンティスは、デスクの椅子に今にも崩れ落ちそうな体勢で腰掛け、両手をだらりと横に垂らし、左肩にもたせ掛けた顔には苦悶の表情を浮かべていた。









「ラダマンティス!しっかりしてください!!」





 デスク越しにラダマンティスの両肩に手を掛けたミーノスは、目を見開いた。





 ぐったりとしている同僚の口元には、乾きかけた血がこびり付いていた。













 視線を床に移してみると。







 かなりの量の血溜まりが出来ていた。



 



「あなた、血を……っっ?!!!」





「ミ…ノス……か?」







 微かに、聞き取れる程度の声だった。





 顔を上げようとしたラダマンティスは、そのままがくりと気を失った。









  









「ラダマンティス!ラダマンティス……」





 薄れゆく意識の中で、ラダマンティスは同僚であり友人でもある男の声を、確かに聞いた気がした…。









  





  



[龍]

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プロフィール
HN:
龍峰&お竜
性別:
非公開
自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。

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