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『菌と喀血と俺~ワイバーンの華麗なる結核ライフ~』

カテゴリー「読みきり短編:龍峰」の記事一覧
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 『受胎』













 日中は、全く以て散々な目に遭ったものだ。


 …否、自身のことよりも。


 大切な女(ひと)の御手と御心を煩わせてしまった……と、俺はベッドの中で嘆息した。












 10月、第4週の土・日・月と。



 俺の誕生祝いにと、アテナからニッポンのニッコウ(日光)という場所の、中禅寺湖畔に建つ老舗ホテル『中禅寺金田ホテル』の特別室への2泊3日の宿泊(ディナーと朝食付き)と、更には城戸家お抱えの車と運転手まで付けてくれるといういうプレゼントがあった。


「『紅葉が最も美しい時期だそうです。ラダマンティスとふたり、夫婦水入らずで楽しんでらしてくださいね』と、あるぞ」


 我が妻(改めて申すと、非常に照れるなものだな…)となられたパンドラ様は、アテナからご自身に宛てられた親書を読み上げてくださった。



 …週明け、忙しい月曜に休暇を取って果して良いものであろうか?



 俺は気に病んだのだが……。



 パンドラ様はフッ…と頬を緩められ、


「お前は普段、働き詰めだ。たまの休暇、誰も文句は言うまい。…それに、お前の部下には優秀な者が揃っておるであろう?」


 昨年の俺の入院中、パンドラ様は部下たち……バレンタインは勿論のこと、シルフィード、ゴードン、クイーンらに、それまでにも増して能力に理解を示され、絶対的な信頼を抱かれたようである。









 
 かくして。



 パンドラ様と俺は、まずはトーキョーの城戸家へ向かい、そこからニッコウへと赴く運びと相成った。






 





 夫婦ふたりきりでの日本旅行を心ゆくまで楽しむはずであった……が。


 『いろは坂』という、急な勾配とカーブが続く坂道に、千万不甲斐無いことに、俺はものの見事に車酔いしてしまったのだ!(´д`lll)







 ホテルに到着してからも、甚だ不本意ではあったが、已むなく横になって居らざるを得ずに。


 周辺の名所巡り等の観光も出来ず…、


「独りディナーなど、つまらぬ。1食くらい抜いたところで何ということもない」


 と、折角のディナーもフイにしてしまわれたパンドラ様……。





 何ということだ……!





 申し訳なく、心憂しさで如何ともし難くなり、俺は臍を噬んだ。







 俺の介抱でお疲れになり、ベッドの傍に引き寄せた肘掛け椅子の背にもたれ掛かって眠りこけておられる、年相応の、愛くるしい寝顔の妻にそっと毛布を掛けると、彼女をお起こしせぬよう注意を払いながら、俺はベッドを抜け出してバスルームへと向かった。

 





 乗り物酔いなど、以前はしたのであろうか?


 未だ地上で、人間として暮らしていた頃の記憶は曖昧なのだが。


 結核を患って以来、調子を崩すこともしばしばで。


 あまりに不調を来たす頻度が高いので、人の前世が解る能力を持つルネに、俺が翼竜として目覚めぬ、只の人として送った幾度かの人生を見せて貰った。


 

 



 どの時代の自分も、極めて短命であった。


 40まで生きれば長い程に。




 …なんだ。


 病がちなのは、昨今始まったわけではないらしい。





 それでは、


 冥闘士として冥衣を纏った際の、他を寄せ付けぬ圧倒的な強さは、異常だとでもいうのか?!!




 病弱故の裏返しなのか……。






 



 ひょろりとした針葉樹のようだ、と洗面台の三面鏡に映し出された上半身を暫くじっと見詰め───俺は自嘲った。


 病的なまでに青白くなり、かつての筋骨隆々とした肉体は何処にも無く、骨格こそ立派なものの、貧弱な自身の姿があるのみだ。


「く……!!!」


 歯噛みをし、鏡に拳をぶつけようとしたが……手を引いた。


 止めよ、愚かな振る舞いは。


 イラついたところで、どうにかなるものではなかろう。


 


 …自己を憐憫する程、落ちぶれてはおらぬ……!


 幾度も横に首を振りながら、俺は三面鏡の扉を閉じてバスタブに入り、シャワーの蛇口を捻った。


 


 





「ラダマンティス。入っても良いか?」




 思いもかけず。


 妻 ─── パンドラ様が、眩しく、白く輝く裸身をバスルームに滑り込ませていらした。




 以前の、厚く盛り上がった胸板、6等分に割れた腹筋、鋼のように逞しかった三角筋や上腕二頭筋の面影は、今は皆無に等しく、すっかり薄っぺらくなってしまった身体を晒すのが気恥ずかしくて、俺はパンドラ様からの一緒に入浴しようとのお誘い(パンドラ様は思いのほか、なかなか大胆でいらっしゃる!)も、彼女を傷付けぬよう、それとなくご遠慮申し上げていた。


 パンドラ様は敏感に、繊細な人の心奥を察知お出来になるお方であるから。


 そのような俺の羞恥心をご理解くださり、無理強いはなさらなかった。



 それ故に。


 晴れて夫婦となった後、数える程度しか入浴を共にしたことが無かった為、今夜の彼女の行動は至極珍しかった……。


 

 





 パンドラ様の───撓う乳房が背中に押し当てられ、彼女の両腕が俺の身体に巻き付けられた。


「…この長い脚も、きゅっと上がった形のよい尻も、肩から流れるように次第に細くなってゆく腰も、しなやかにたわむ背中も……全て、私のものなのだな。いや、お前は…、お前自身が誰ぞのものになることなど厭うであろう。それに、お前は男だ。たとえ私以外の女子(おなご)に目が向いたとて、私は咎めたりせぬ。男とは、複数の女性(にょしょう)に惹かれるのが常なのであろう?」








 …パンドラ様!


 何を仰います……!





 俺は…


 

 俺は……、、





 全身全霊を…俺の全てを……、頭髪から爪先まで皆…、無論、魂をも、貴女様唯おひとりに捧げておりまする!!!


 

 如何して、貴女様以外の女なぞが視界に映りましょう?




 激した小宇宙で語り掛けると。


 彼女は聞き取れぬ程小さく、ほぅ…と息を漏らされると、催促するかのようにますます強く、たわわな胸を摺り寄せられた。







 
 刹那。





 車酔いの名残りであろう。


 不意に、胃の腑を鷲摑みにされたような感覚に陥り、俺は床に向かって胃液を吐き出した。



「大丈夫か…?(ラダマンティスの、苦悶の表情に得も言われぬ婀娜を感じ、ひどく興奮を覚えた私は、その少々(否…かなり、であろうか?)歪んだ性的嗜好を悟られまいと、声に出して彼を気遣った)」



 それが排水溝へ吸い込まれて行くさまをぼんやり眺めていると、パンドラ様が訊ねられた。



「は…。湯あたりしたのやも知れませぬ……」


 そうだ。


 この恍惚とした時間に酔い、のぼせたのだ、と俺は思った。


「お前は、弱い。だがそのようなお前が……とても好きだ」


「…私は、弱うございまするか?」


「ああ。冥衣を纏っておらぬお前は、脆く、弱い……。忘れたとは言わせぬ、何時だって、私の指の隙間から、零れ落ちて行ってしまったではないか!!」


 …パンドラ様は涙に咽ばれたようなお声で、握った小さな両拳で俺の背中を叩かれながら、叫ぶように仰った。


 弱い、と言われ、俺は自らの誇りが傷付かぬでもなかったが…、、


 確かに、そうなのだ。


 このお方と、過去に何度巡り逢っていても、俺の方が先に命を落としてしまい、結ばれたことなど……果してあったのであろうか?


「ラダマンティス……どこへも…行くな……っっ!!!」


 再び背に、ぴったりと縋りついてこられたパンドラ様が実にいじらしく、愛おしくて堪らなくなり……、


 俺はどうにも欲情を抑え切れなくなって、身体を180度回転させ、胸に彼女を狂おしいまでに掻き抱いた。


「ご安心くださりませ。ずっと…お傍に居りまする。以前、申し上げたではござりませぬか。たとえ死してもお傍を離れませぬ……と」


 パンドラ様は、低く、そしてすこし哀しげに微笑われた。


「…怖いな。だが、まことであるな?約束致すな?」


「はい。とこしえまで、貴女様と共に……!」


「もう、二度と離れぬと?…私を泣かせぬ、と?」


「はい。貴女様をお悲しませは、決して致しませぬ!!!」


「ラダマンティス……」









 それから、パンドラ様と俺は。




 泡にまみれながら、互いに脚を絡ませ、睦み合い、とろけるような甘いキスを交じえ───、時を忘れる程長く、快楽を貪った……。
















 感情の高ぶりに呼応したのだろうか、またはほんとうに湯あたりしたのであろうか。


 情けなくも、俺は眩暈に見舞われ、ぐらりとよろめいた。


 虚弱なお前にはもう慣れた、とパンドラ様は苦笑交じりに仰り。


 猫脚のバスタブの縁に座らせた俺の髪に、両掌でシャンプーを擦り付けられた。


「お前は、何もしないでよい。じっとしておれ…」


 パンドラ様の指の腹が、まるで愛撫なさるかのように頭皮を滑る……。


 彼女の指が心地好く動くたびに、ざわざわと野生が呼び醒まされ───、俺はその都度、背中と肩をびくりと反応させた。

 


 


「お前の…このふわふわとした髪の感触……良いな」


 呟かれつつ、パンドラ様はシャワーの蛇口を捻り、熱い湯でシャンプーの泡を洗い流された。


 それから、


「先に上がっておれ。私は身体を磨いてから、お前のもとへ行くゆえ……」


 くれぐれも冷えぬように、暖炉の火を絶やさぬようにな、と付け加え…俺をバスタブの外へ追い遣られると、さっさとシャワーカーテンを閉めてしまわれた。











 仕方なしに椅子に腰掛け、暖炉に薪を放り込みながら……、

 俺は今にも沸騰しそうな滾る気持ちを必死に抑えていた。

 

 ギイィ…とバスルームの扉が開く音がして。


 生渇きの御髪がまさに烏の濡れ羽色の、匂い零れるような、息苦しい程の色香を醸し出したバスローブ姿のパンドラ様が、頬を上気させて出ていらした。


 …先月、18歳の誕生日を迎えられたばかりの彼女であるから。


 正しく今、ほころび始めた大輪の花特有の、蠱惑的で艶めかしい姿態に俺は咽せ返りそうになった。

 







 俺は椅子から立ち上がり、パンドラ様に近付いて行き、そしてお抱き上げ致した。







 迸る激情の赴くままに。

 パンドラ様を乱暴にベッドの上に放り出したい衝動に駆られたが───、

 はっと我に返り、妄想を振り払うと、俺は彼女の身体を静かに横たえた。


 


 


 パンドラ様の羽織られているバスローブを徐に引き下げると、彼女は俺の瞳からじっと視線を逸らされぬまま、照明を落とされた。


 湿気を帯びた絹糸のような黒髪を耳の後ろに追いやると、パンドラ様は俺の手を取られ、


「細く長い指の……美しい手だ」


 と、褒めてくださった。


 互いの指を絡ませ合いながら、俺は、妻のまるで陶器のように白く滑らかな首筋に先ずは口付けをし───、それからそろり、そろりと蝸牛の如く、ゆっくりと時間をかけて唇を這わせていった……。












 冥衣を纏わず、只の人間である際の俺は、甚だ弱うございますが。


 今宵は、美酒に酔うが如く……


 否、まだ酒の飲めぬお歳の貴女様ですから。


 そうでございますな…


 チョコレートの海にでも、漂う小舟の如くに。


 貴女様をうっとりと、陶酔おさせ申し上げましょうぞ。












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 それから、2ヶ月余り後。


 年が改まった頃、パンドラ様のご懐妊が明らかになった。




















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プロフィール
HN:
龍峰&お竜
性別:
非公開
自己紹介:
龍峰:ラダ最愛のパンドラ様。
お竜:ミロ最愛の浮気性。

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